光は虹色

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 少し油断すると、軽自動車のパワーは急勾配の前に萎えてしまう。いつも以上に強くアクセルを踏み込んで上りきった時、エンジンから喘ぎが聞こえたような気がした。 「よく上りきりましたね」  助手席に座る丹波所長は、のんびりした声で労った。 「この車、長く使ってるんですか?」  運転している美也子も、車が途中で止まらないか心配だったほどだ。車内は掃除されていてハンドルを握るのに抵抗も感じないが、坂道に差しかかると気合いを吐き出すウェイトリフターのような唸りがエンジンから上がるのが気になった。 「私が所長になった時からですね。どういうわけか、私が乗る時だけ唸りが大きくなるようですが」  美也子は所長の、ユーモラスですらある恰幅の良さを目の端に捉えてアクセルを踏み込む。シートに乗せる人間を選べない軽自動車に同情を禁じ得なかった。  坂の上は住宅街が広がっていて、建物の切れ目からは地上の風景がよく見える。駅や線路を走る電車、商業施設が入っているビル群に街道を一目で捉えられて、どれほどの急勾配を踏破したかわかる。美也子は事前に教えられた住所と、スマホのナビ機能を照らし合わせながら慎重に車を進める。  目指す住所に含まれる町名は、事業所で比較的多く見るものだった。他の地域に比べて多くの利用者が住んでいるという住宅街は、残暑のせいか昼間でも人通りが少なく、たまにすれ違う人も高齢者が多いようだった。  そのアパートは、建ち並ぶ一軒家の中に紛れるように建っていた。周囲の家々も、そのデザインから古い時代に建てられたのがわかるが、アパートも負けず劣らずの古さである。一目見て思い浮かんだのは、家賃が安そうというものだった。  アパートの前の道は広く、車を一台停めていても充分すれ違いができそうだった。先に車を降りた所長は、美也子が後を追った時には階段の中ほどを歩いている。
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