寝覚めのあとに

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 前の職場に、いつもハンドタオルをバッグに入れて持ち歩いている子がいた。落ち着くんですよね、と彼女はよく口にしていた。小さい頃から、お気に入りのタオルの端を握って離さない子どもだったという。もふもふのハンドタオル。  海に近い場所で育った。小さな橋のかかる川の向こうを町と呼ぶような、夏の宵には蝙蝠が低空を飛ぶような、そんな処だ。  今思えばそら恐ろしいことだが、夏休みの登校日にどれだけ肌を焼いたか自慢しあう小学生だった。当時、黒光りは勲章だったのだ。  スクール水着の上にTシャツと短パンといういでたちで、ビーチサンダルをひっかけて海へ行く。「海の家」なぞない。あるのは、だだっぴろい磯くさい海岸のみ。スピルバーグ監督の『ジョーズ』を観て以来、鮫に足からがぶりとやられるイメージがついてしまい沖にはいかなくなったが、その頃はまだ映画といえば寅さんくらいしか知らなかったから、わかめにもまれてざくざく泳いでいた。気が済むまで泳いだら、足についた砂を払いながら濡れた水着のまま服を着て帰る。近所の人に会って「泳ぎに行っとったん?」と聞かれ、濡れ髪のまま返事をして、家の外に備え付けのホースでざっと身体を洗い流す。歩いて五分の海は、浪漫的でもなんでもなかった。日常的に穏やかな瀬戸内の海。
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