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 ――享年十八。  長く生きられたほうだとは思う。大切な人に見守られて、那津は、雪が降る十二月に自宅で息を引き取った。  ふっと、暗闇の中で目が覚める。  那津は、苦しまずに逝けたことに安心して息を吐く。ロウソクの灯に導かれ、那津は一歩一歩前へと進んだ。  死出の旅は一人だと聞いたことがあったけれど、本当に一人ぼっちだった。本で読んだみたいな怖い鬼にも道中では出会わない。暗い山道を通り抜けると、突然道が開けた。  一面の星空は、子どもの頃にミツキと会った田舎の山の景色に似ていた。  夜闇に漂う、甘い果実の匂いに誘われるように、那津は当て所ない広い野山をさまよい歩く。  死者の国にも、月や星があるのだなと思った。  しばらく道なりに歩いていると、丘の上に出た。そして、そこには大きな木があった。 (誰か……居る)  木の根元にだらしなく背を預けて座っている人が見える。那津はおそるおそる、その人へ近づいた。  長い漆黒の髪に隠れて顔は見えなかった。手には、徳利を持ち、どうやら酒に酔っているらしい。  眠っているのだろうかと、そっと顔を覗き込むと、その頬には一筋の涙が溢れた。 (……泣い、てる)  大の大人が泣いている姿というのは、心臓が締め付けられるような気分になる。生前に親しくした人も少なく那津は接したら良いのか分からずうろたえた。  それでも声をかけずにはいられなかった。 「大丈夫、大丈夫だから、ね」  那津は静かな声で、赤子に語りかけるようにゆっくりと繰り返す。  大人の慰め方など知らない那津は、自分がうんと小さいころ父や母にされたのと同じように頭を優しく撫でていた。 「なんで、死んだ……お前は」  だいぶ酒に酔っているようで、目の焦点はあっていなかった。この様子だと、酒と涙のせいで、那津の顔がちゃんと見えているかどうかも怪しい。  その言葉から誰かが死んで、悲しんでいるのだと分かった。 「あの、ごめんなさい、余計なお節介で」 「なぜ、お前が謝る。那津、俺が約束を守れなかったんだろ」  ばさり、と突然、漆黒の大きな翼が眼前に広がった。月の光に照らされて光る涙。  二人の視線が交差した。  忘れもしない、黒い翼、その切れ長の目。 「ミツ、キ……?」 「ごめんな、那津、俺、神様なのに、何も、できなくて」  ずっと、会いたかった神様のミツキが目の前にいる。那津は歓喜で心が震えた。 「そんなに泣いて、大きな子どもだね。ミツキ。久しぶり、ずっと会いたかったよ」  そう言って抱きしめたミツキは、酔いつぶれてすでに眠っていた。  非力な那津は、そのままずるずると倒れてくるミツキを支えきれずに野原の上に押し倒されてしまう。 「おも、い……」  ミツキを抱きしめたまま、那津は天を仰いだ。キラキラと輝く星々に自然と笑みが漏れる。  月明かりに自分の小指を照らす。見えなかった糸は那津の小指に結ばれたままだった。  ミツキが願った通り、ちゃんと迷わずに、ミツキのところまで来ることができた。 「やっぱり、ミツキはすごい神様だね、何も出来ないなんて嘘だよ」  那津は自分の頬にかかる絹のような手触りのミツキの髪に触れた。 「決めたよ。私は、やっぱり、ここで働こうと思う。ミツキ」  迷いなどなかった。  もう眠っているミツキには那津の声など聞こえていないだろう。それでも、自分の決意を一番にミツキに伝えたいと思った。  下界で宇多に言われたことは間違いなかった。死後に、亡者は一人だけ会いたい人にあわせてくれる。けれど、一目会えば、もっともっとミツキと一緒に過ごしたくなった。  この胸の奥から生まれた欲が何かを那津は知らない。  この選択はもしかしたら人間として生を受け死んでいった那津にとって間違いかもしれない。それでも、自由にならなかった自分の人生が、やっと、死んだことで自由に選べるようになった。  だったら、今ここに居ることを選んでみたかった。  病から解放されて、体が軽い。会いたい人に会えた。そして働ける。  それが、全て叶うならここで生きたいと思った。
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