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8
岸についてお客さんをおろしている時だった。三島が少し先の河原を指差した。
「あれ、あそこいるの、ミツキ様じゃん、そっか、今日はお仕事の日か」
「お仕事?」
「そう、ここ、賽の河原だから」
「あの三島さん。ミツキって、神様じゃないんですか? なんで賽の河原でお仕事を?」
「あー、神様だよ。けどなぁ……俺の口から言っていいのかな」
三島は言い淀む。
「えっと、ミツキは、私の……大切な友達だから、知りたくて」
そういうのはズルいと思ったけれど、ミツキは自分のことを知っているのに、自分はミツキのことを何も知らないままなのは嫌だと思った。
「まぁ、別に、ここにいる死者の国の住人も神の国の住人もみんな知ってることだけど。ミツキ様は、修行中にお師様を怒らせてしまって、その時のツケを今払っているんだよ」
「ツケ?」
ミツキがどんなことをしたのかまでは、三島は教えてくれなかった。
「そ、ツケ。ミツキ様は導きの神様だから、地蔵菩薩さまについて、学んでいるんじゃないかな。まぁ嫌がらせも含んでいると思うけど、ミツキ様って子ども大嫌いだから」
子どもが大嫌いという割に、遠くから見るミツキは子どもに懐かれていた。
「そっか……まだミツキは修行中だったんだね」
「まぁ、そういうことになるのかな、別に神格は持ってるから神様なのは違いないけど、ちゃん神使もいるし」
その姿は一見微笑ましいものだったが、苦手な子どもの相手をするのは、きっと大変だろうと那津は思う。
「あ、友達なら声かけてきたら? 次の船まで時間あるし、休憩していいよ」
「ありがとうございます」
三島にお礼を言って、那津はその場から離れて休憩をすることにした。ほとんど三島が船の操縦をしていたというのに、櫂を握っていた自分の手は真っ赤になっていた。
「と、言っても。気軽に声かけられる訳ないよね」
休憩時間をもらったというのに、那津はミツキに声をかけることなく、こっそりと船着場の物影からミツキの様子を見ていた。
声をかければ少なくても、今朝のことを怒られるか、最悪無視される。那津自身怒られる覚悟はできていた。
それでもやっぱり躊躇してしまう。
自分の気持ちを分かってもらうための努力はするつもりだったけれど、絶交されてしまえばそれまでだ。
仕事を得て自信を持ってこの場所で立っていられるようになったら、改めて自分から会いに行くつもりだった。
「まず仕事を頑張らないといけないよね」
ミツキは地蔵菩薩と呼ばれた女性に付き従い、子どもたちと遊んでいた。今は鬼たちが居ないからか子どもたちの顔には笑顔があふれている。きっと、いつもは親より先に死んだことの罪を償う為に、日々石を積んで涙を流しているのだろう。
そんな子ども達にたどたどしくも優しく接しているミツキを見ていると、昔、現世でミツキと出会い山で遊んだことを思い出す。
那津もミツキと過ごしたほんの少しの時間が楽しくて、孤独から救われていた。
「おや、那津さん」
こっそりと物陰からミツキを見ていたところ、突然聞き覚えのある声が後ろからした。
「う、宇多さん。こんにちは、あの朝は、すみませんでした。色々……」
「いえいえ、元はといえば、私が那津さんに死者の国の話を教えたのですから、私がミツキ様に怒られるのは自業自得というか」
「私が宇多さんにあれこれ聞いたんですよ。悪いのは全部私です。けど、ありがとうございました、これで、私の願いは叶ったから」
「願い……ですか?」
「うん。自分の望んだ通りに生きること。死んでから自分の道を生きようとするなんて、宇多さんとかミツキからしたら理解できないことかもしれない。でも、これが私だから」
「……那津さん。実のところ私は、那津さんがここで生きることは絶対選ばないと思っていたから下界で死者の裁判の話をしたのです。自分から教えておいてなんですが……。だから、やっぱり全面的に、おすすめはできないです。私はここで生まれてここで生きている者ですから、ここのルールが全てで、ここの常識で生きてきました。なので、那津さんには今と違う選択をして欲しい」
宇多も同じように転生して新しい人生を生きるべきだという。ただ、今の記憶をなくして一から新しい自分を生きるということが、自分にとって本当に選びたい道だと那津はどうしても思えなかった。
「間違ってるって自分でも分かっている。でも変えられない」
那津は宇多の目をまっすぐに見た。
「そうですか。あ! けれど、私は那津さんのことは好きです。理解はできなくても、那津さんは那津さんには違いありませんから」
「ありがとう、あと、ごめんなさい」
宇多に心配をかけていることは自覚していた。那津のことを思って言ってくれているだけに胸が痛い。たくさんの人々の供養の気持ちを踏みにじって無駄にしていると鹿島にも言われたけれど、本当にそうだ。
だからこそ、鹿島は絶対に後悔しない自信と覚悟が持てないなら転生しろといった。
――本当に覚悟ができているのだろうか。
「那津さん。謝らないでください」
「でも」
「ちゃんと那津さんが、考えて考えて選んだ道だって、分かってますから」
宇多はそういって優しく微笑む。たとえ、ずっとここに居続けても、ミツキは自分のことを許してくれないかもしれない。そうだとしても、ここに居たいと思えるのだろうか。
今は、それでいいと思っていても、もし途中で心が折れたらどうする? どんなに固い決意をしていても、考えずにはいられない。
無論、そのための一月ほどの猶予期間なのだろう。後悔しないための時間だ。
「ところで、さっそく船の渡し守のお仕事してるんですね。どうですか?」
暗い雰囲気を払拭するように、明るい声で宇多は仕事の話に切り替えた。
「えっと……全然、まだまだ役立たずで、これからって感じです」
「声かけないんですか? ミツキ様に」
二人で物陰から、ミツキの様子を伺っている状態だ。ここから一歩踏み出せば、会えるのにその勇気がまだ出ない。
「うん。当たり前だけど、怒られるかなぁと思って」
「確かに、すごく怒ってましたからね。しばらくは、そっとしておくといいかも。那津さん今は休憩ですか?」
「はい。ほら、私やっぱり体力なくて。現世でも非力だったけど、死んだからって病気がなくなっても体は何も変わらないみたい」
「そうなんですね。あ、でしたら、これ、よかったらどうぞ。私もよく食べるんですが、仙桃です。元気になりますよ」
宇多は突然手のひらに桃を出して見せた。一体、どこにそれを持っていたのだろうか。
「ありがとうございます。じゃあ、私もそろそろ仕事に戻りますね」
「はい。頑張ってください」
宇多に手渡された桃を斜めがけにしていた鞄に入れ、那津は船着場へ戻っていった。
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