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佐山那津は子どもの頃に、山の神社で『神様』に出会ったことがある。
彼は、滑らかな美しい黒い翼を持った、一見、那津と同じ年頃の少年で、初めて出会った時、彼は境内にある大きな石の上で眼下に広がる山々をつまらなそうな顔で見下ろしていた。
那津は、彼の背中に生えた翼にびっくりはしたけれど、きっと、絵本の中に出てくる悪魔だと思ってワクワクしたのを覚えている。
悪魔なのに、少しも怖いと思わなかった。
それどころか、友達ができる絶好の機会だと意気込んで、すぐに声をかけた。
病気がちでつまらない日々を送っていた自分へ神様がプレゼントをくれたのだと信じていた。
今となって考えてみれば、神様が悪魔と出会うプレゼントをくれるなんて、おかしな話だ。
話してみると、ミツキと名乗る男の子は、悪魔なんかではなく、下界で修行中の神様だった。
人懐っこい性格だった那津は、その黒い翼を持った神様とすぐに仲良くなった。
「那津。神様の住んでいるとこは、とっても綺麗なところだよ。桃の木が沢山あって、キラキラ宝石みたいに光る川があるんだ」
「すごいね。ねぇねぇ、ミツキこの紅葉の赤い山とどっちがきれい?」
境内にある木の上に二人で座り、景色を眺めた。一人だとつまらない山の色が、ミツキが隣にいた日だけは一段と鮮やかだった。
「もちろん、神様の国だよ。那津にも見せてあげたいな」
「行ってみたい。ミツキ、私を連れてってくれる?」
那津が顔をほころばせて言うと、ミツキは少し困った顔をした。
「いつか、ね。けど、那津がこっちの世界に来るのは、ずーっとずーっと先だよ」
「ずっと、先?」
「うん。だから、せっかく仲良くなったけどさ、お別れしないといけないんだ」
病気で、あまり学校に通えていなかった那津は、初めての友達と別れることが悲しかった。
駄々をこね、神様の国に連れてって欲しいと、ミツキをすごく困らせてしまった。
「どうしても、ダメ? 今から行きたい」
「だーめ。だってそんなことをしたら、那津のお母さんが悲しむだろ? こっちにきたらもう帰れないんだから」
「そっ、か……」
確かに突然いなくなったら、お父さんもお母さんもびっくりする。ただでさえ、ちょっと那津の調子が悪くなるとすぐに大騒ぎするくらいに心配性だった。
「じゃあ、今日連れていけない代わり。那津が、神様の国に来た時に、俺を真っ先にみつけられるように、糸を結ぼうか」
「糸?」
「そう。那津が俺に会うための糸だよ」
ミツキはそういうと、那津の手を取り顔の前に持っていく。その一連の動作は、神聖な儀式のようだった。
ミツキの唇が那津の小指に優しく触れた。
――いつか、遠い未来に那津が神様の国に来た時、迷わず俺の前に来られますように。それから、現世で那津が明るく楽しく元気に暮らせますように。
「なぁに、それ」
小指に触れた唇が、なんだかくすぐったくて、那津はへらりと笑った。
「那津、俺は神様だから。那津がこの場所で幸せになれるように、楽しく暮らせるように糸に願いを込めた」
「すごいね、ミツキは、そんなことができるんだ」
「修行中だからさ、効かないかもしれない。でも、俺がちゃんとした神様になったら、那津が幸せになれるように、もっともっと願っておく」
「ありがとう。ミツキ、また会えるよね、きっと」
「あぁ、またね」
ミツキは那津に別れを告げると、綺麗な漆黒の翼をバサリと翻してあっという間に目の前から消えてしまった。
那津にはミツキが指に結んだ糸が見えなかった。それでも、確かにそこに何かがある気がした。
ミツキが消えたあとも、その指を見ているだけで、いつも心が温かく、幸せな気分になったから。
きっと、また、ミツキに会えると那津は心から信じていた。
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