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 男性に向かって綺麗、なんて表現は変かもしれない。まっすぐに伸びた鼻梁が几帳面そうな印象を与える。「甲斐性がある」を絵に描いたような人だった。もちろん話してもいないし、ただの第一印象だ。  俺みたいな、だらしない男とは対極にいるような、多分……一生友達にはなれないタイプ。  というか、俺なんかじゃ、友達になってくれないと思う。 (一緒にいたら、俺、怒られっぱなしだろうなぁ) 「で、名前なんていうの?」 「秦野潤です」 「潤ちゃんね。潤ちゃんは、どっち? 猫? 猫っぽいけどなー」  俺の会社が特殊で、猫好きばかりが集まっている特殊なところだったので、この手の猫派、犬派? という話は天気の話と同じくらい何度もしていた。 「阿古田さん、ちょっと酔いすぎですよ。――秦野さん、答えなくてもいいですから」 「いいえ、構いませんよ。俺、慣れてるんで。猫です」 「へー、見た目通りね。かわいいー」 「そうですか? 俺、猫に好かれなくて」 「なるほど、じゃあ、実際はどっちもいけるんだ」 「ん? そう、ですね。どっちも好きは好きです」  犬も猫も動物は好きだった。ただ、猫にだけ好かれない。実家にいるゴールデンレトリバーのサチコには懐かれるので、動物全般に好かれていない訳ではない気がする。 「お酒、何になさいますか?」 「えっと、苦手とかないので、マスターのオススメで」 「かしこまりました」  マスターは、手際よくシェイカーを振ると、潤の前にレモンの乗ったグラスを差し出す。 「スコッチコリンズです」  一口飲むとウィスキーベースにレモンの爽やかな味がスッと口の中に広がり好きな味だった。マスターはとても腕がいい。 「おいしいです」 「ありがとうございます」 「マスター、腕は確かよ、バーテンダーのなんとかって大会で、なんとか賞をとったって」 「阿古田さん、なんとかしか言ってないですよ。協会の技能競技大会です」 「それよ、それ」 「賞は、昔なので大したことないのですが、褒めていただけて嬉しいです」  控えめで人の良さそうなマスター。美味しいお酒。初めてだけど居心地の良さを感じていた。 「ところで、潤ちゃん。今日は、相手探しに来たの?」 「え、そんなガツガツしていないですよ。今日……家に帰れなくて、時間つぶし、かな」  バーに出会いを求める人もいるかもしれないが、俺はそんなつもりはなかった。それ以前に、俺は壊滅的にモテない。  甲斐性がないし、付き合っても弟の面倒を見ているみたいって言われる。そういうところが駄目らしい。  学生時代、彼女には文句ばかり言われていた。  俺が悪いのは自覚している。彼女とは「ワガママと気まぐれに付き合ってくれるのは、親と潤の家の犬くらいよ」って言われて別れた。  そのときは、その通りだと思った。未だにその言葉がグザリと胸に突き刺さっている。 (……なんで、こんなこと今更思い出すんだろう)  バーカウンターの端で飲んでいる男が、元カノが言った理想の完璧な男に見える。  なんだか、彼の姿を見て勝手に一人で落ち込んでいた。 (やばい、酔った、かな)  ここへ来る前に、忘年会でも飲んでいた。カクテル一杯で簡単に酔ってしまう。 「家帰れないの?」 「えっと……会社に鍵を……忘れてきてしまって、部屋に入れなくて」 「へぇ……そうなんだ」  俺がそう答えると、阿古田と結城は顔を見合わせた。何か変なことを言ったのだろうかと心配になる。確かに大の大人が、家の鍵を会社に忘れてくるなんて普通はない。  ますます落ち込みそうだった。 「ねぇ、潤ちゃんさ、このあと、私たちと……ホ」  阿古田が潤に話しかけたときだった。今まで静かに飲んでいた男が、突然席を立った。  呆れているような、それでいて苛立っているような顔で俺を睨みつけている。 「どうしたの急に、和臣くん」 「マスター。帰ります」 「今日は早いね」 「いえ、あぁ、そこの秦野さん……大分酔ってるみたいなので、私が家まで連れて帰りますよ」 「え? 気づいてなくて、大丈夫ですか? アルコール強かったですか」    マスターは俺の顔を心配そうに覗き込む。確かに酔っている。でも他人に帰り道を心配されるほどではないと思っていた。   「え? だ、大丈夫ですよ? 俺」 「酔って、ます、よね、秦野さん」 「あ、は……はい」  男の怖い顔に気圧される。  言葉にはスタッカートが付いていて有無を言わせずという感じだった。俺は反射的に、こくこくと頷いてしまった。 「お会計、彼と一緒にしてください、知り合い、なんで」 「えー御堂ちゃんと潤ちゃん知り合いだったの?」 「――はい」  阿古田に問われ御堂さんはニコリと微笑んだ。  その微笑みは女性なら誰でも落とせそうだった。甘いマスクに耳に心地よく響く低音。落ち着いた声。 「えぇ、私の取引先の方で。ね、秦野さん」 (そうだっけ?)  そう言われても俺は「ミドウカズオミ」という名の男に覚えがなかった。  けれど、本当に仕事の取引先の人だったら、ここで違うと言い切ってしまうのも問題がある。  考え込んでいるうちに、御堂さんは俺の会計まで終わらせてしまった。 「ほら、秦野さん行きますよ」 「あ、は、はい……」  御堂さんに腕を掴まれてドアの方まで歩いていく。自分では気づいていなかったが大分酔っていたらしい。足がもつれてまっすぐに歩けない。 「ねぇ和臣くん。分かってると思うけど、大切なお客様なんだから「無理強い」は駄目だよ」 「分かってます。――しませんよ、そんなこと」  マスターと御堂さんの会話に首を傾げる俺に、また御堂さんは呆れたような顔を向けた。 「秦野さん。足元危ないですから、腕どうぞ」 「え、あ、は、はい。あり、がとう、ございます」  そうして俺は、御堂さんに手を引かれバーから連れ出された。  深夜零時を過ぎてもまだ、繁華街は人で溢れかえっていた。  ビルを出てすぐ御堂さんは俺を見下ろした。その優しい微笑みに、俺は急に恥ずかしくなって少し離れた。 (何、素直に腕掴んでるんだよ。俺は……) 「あ、あの……俺、す、すみません。腕……」 「店の人には私から今度ちゃんと説明しておきますよ」 「説明?」  御堂さんの整った顔立ち、丁寧な言葉遣い。もし仕事でこんな人と出会っていたら、絶対に覚えているはずだった。 「秦野さん、ちゃんと表の看板見て入りましたか?」 「看板?」 「あそこはね、ゲイバーですよ」 「え……」 「秦野さんノンケでしょう?」    驚いた拍子に一歩後ろに下がった。酒のせいで足元が覚束ずにふらついたが、御堂さんに腕を掴まれて転ぶことはなかった。 「大分酔ってますね、大丈夫ですか? あのままあそこにいれば阿古田さんたちにお持ち帰りされてしまいそうだったので。ほら、ホテルに連れ込まれて3Pの乱交なんてトラウマになるし、ね」 「さん、ぴー?」 「あの人たち、SMプレイが好きらしいので」 「えす、えむ……ぷれ、い」
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