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「え、寝てる……」
風呂から出ると、コタツで猫が二匹寝ていた。
正確には、自分が飼っている猫のクロ。
もう一匹は、今日拾ってきた「猫」……もとい働いているドラッグストアでよく見かけるお客様。
秦野さんは名札をつけたまま店にやってくるので、いつの間にか顔と名前を覚えてしまった。
それほど年齢が離れているわけでもないのに、目の離せない危なっかしい「弟」みたいな人。
秦野さんが店にやってくると、いつも気になって様子を見ていた。
店の段ボールにぶつかったり、財布を忘れて店にやってきたり、レジ前で小銭をばら撒いたり。
自分から見て秦野さんは、世話を焼きたくなるとても可愛い人だった。
ただ気になっていても、今日まで自分から秦野さんに声をかけたことはなかった。
行きつけのゲイバーで秦野さんを見たとき、内心酷く動揺していた。
自分がゲイだとバレることに抵抗はなかった。そもそも周りに隠していない。
秦野さんがこっち側の人間なら「付き合いたい」と思った。
その瞬間、自分の隠れていた恋心に気づいて動揺した。
話を聞いているうち、秦野さんはゲイバーに間違えて入っただけで、ノンケだと分かった。
がっかりしなかったといえば嘘になる。
恋仲に発展する可能性がゼロだと分かっていた。でもゲイバーでお持ち帰りされそうな秦野さんを置いて帰れるほど、非情にはなれなかった。
雪が降る中、秦野さんを街中へ一人放っておけなかった。
多分、段ボールに捨て置かれた子猫を拾って帰り、世話をするのと同じ気持ち。その時点で邪な気持ちは決してなかったと思う。
秦野さんをベッドに運ぶまでの話だった。
「秦野さん。コタツで寝ると風邪ひいちゃいますよ」
「んん〜、やっ……抱っこして」
「ぅ……秦野、さん、もう」
そうやって寝ぼけて手を差し伸ばされると、気持ちがグラつく。恋心を抱いていた相手なら尚更だ。
雪が降る中、バーの前で言った言葉を裏切りたくなかった。
(そんなふうに油断していると、オオカミに食べられてしまいますよ)
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