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*    「仕方ないですね、ほら」  御堂さんにそう言われて、コタツで寝ていた俺はいわゆる姫抱きで隣の寝室のベッドの上に運ばれた。 「……ん、みどーさんだったら、ぅ、きっと、俺、彼女にも振られなかったんだろうな」 「私だったらですか? え、どうして、泣いて……」  ベッドの上に乗せた俺は涙をぽろぽろとこぼして御堂さんを見上げていた。  俺自身どうしてそんなことを口にしたのか分かっていなかった。  コタツで寝落ちした俺をベッドに運ぶなんて、気遣いも出来る御堂さんを見ていると、自分の甲斐性のなさに落ち込んだ。  俺が泣いているのは、御堂さんのせいでもないし、別に元カノに未練があるわけじゃない。  ただ、酔っていたのだ。  俺は、この日まで自分が泣き上戸だなんて知らなかった。 「俺、なんで、こんな駄目なんだろう」 「秦野さんは、駄目じゃ、ないですよ?」  御堂さんに優しく頭を撫でられる。その手の心地よさに俺は目を細めた。  こんな風に自分を駄目じゃないと言ってくれて純粋に嬉しかった。御堂さんは俺の欲しい言葉をくれる。  頭を撫でられていると、御堂さんの飼い猫になった気分。 「え、駄目、じゃないの? 俺」 「えぇ、駄目じゃないですよ」  猫を飼いたいと思っていたのに、俺が猫にされているなんて変な話だ。  それでも不思議と自分のプライドが邪魔するとか、不愉快だとか、そんな気持ちは湧いてこなかった。  なぜか御堂さんに猫のように甘やかされたいと思う自分がいた。  この気持ちがなんなのか分からない。 (頭、撫でられるのって、すごい、きもち、いい……) 「誰だって、上手くいかないことくらい、ありますよ」 「でも、みどーさんは、おれなんかと違って、かっこいいし、甲斐性あって、なんでも上手くいきそう、だし」  その言葉に深い意味はなかった。ただの褒め言葉だった。  けれど、それは御堂さんの自制心を壊す引き金になったらしい。 「上手くなんか、いかないです。君と同じですよ、好きな猫に、同じように好きになって貰えない、情けない男です」 「……好きな、人」  真摯に見つめる瞳には俺だけが映っていた。 「えぇ、あなたのことが好きです。秦野さん」  御堂さんは、そういうと俺の唇に自身の唇を重ねた。その突然の口付けに俺は驚き目を瞬かせる。 「さっき、駄目じゃないって言いましたけど、秦野さんはやっぱり駄目だ。殴ってでも抵抗しないと、こういうときは」 「み、どーさん?」  頬に触れた御堂さんの手の熱さに、触れた唇の切なさに俺は、どうやって抵抗すればいいのか分からなかった。  あぁ、今、自分は御堂さんに襲われている。  酒に酔っていても、自分の置かれている状況くらいは分かっている。  分かっているのに、あったかい手の心地よさに抗えず、その瞬間「猫」にされていた。 「ッ、猫って、いつも、こんな気分なんですね。いいな……」  ぽつりと、そんな場違いな感想が口から溢れていた。 「秦野さん……は、もう……知りませんからね、そんなこと言って」  御堂さんの、耐えるような声が頭の上から聞こえてきた。 「さっき、駄目じゃないって言いましたけど、秦野さんはやっぱり駄目、です。殴ってでも抵抗しないと駄目ですよ、こういう時は」 「み、どーさん?」  少し潤んでいる御堂さんの目を、ぼんやりと見上げている。  頬に触れた御堂さんの手の熱さに、触れた唇の切なさに、どうやって抵抗すればいいのか分からなかった。    体を撫でられているときに感じた心地よさに、勝手に下半身が熱を持っていた。  ゲイじゃないし、性器を弄られたわけでもない。ただ頭を撫でられただけで勝手に勃起している事実に戸惑っていた。  何も言えずに、その場で硬直して黙っていると、御堂さんの手が俺の下半身へと延び、服の上から俺の熱に触れた。 「あ……」  そして触れた瞬間、御堂さんの手が止まった。 「なん、で、勃ってるんですか」  今度は御堂さんが硬直する番だった。 「っ、……駄目で、ごめんなさい。俺、あの、ゲイじゃないのに、頭、撫でられたら気持ちよくなって、なんでか、わかんなくて、酒も飲んでるのに」  飲んだら勃たなくなるというが、ただそれはアルコールによって性的興奮が上手くペニスに伝わらないからで、深酒しているのに勃起しているということは、つまり、そういうことなんだろうか。 (なんで……)  俺は、さらに混乱していた。御堂さんは、そんな俺の混乱しきった頭を、さっきと同じようにやさしく撫でてくれた。 「気持ち、よかったんですか?」  御堂さんの声は呆れではなく、ただの確認だった。  俺は、そのオオカミのような瞳をうっとりと見つめている。 (そっか……俺のことが、好き、なんだ。御堂さんって)  こんなダメな俺のどこがいいのだろうかと、酒精で霞む思考のなかで一生懸命考えたけれど、答えなんて分からない。ただ、駄目だ駄目だと人から否定ばかりされ続けた俺は、肯定される心地よさに酔っていた。  だから、素直に御堂さんにに尋ねられた問いに頷いてしまったのかもしれない。 「秦野さんは、駄目じゃないですよ」 「ぅ、けど」 「嫌だったり、気持ち悪かったら、殴ってくれていいですから」  俺の耳元で「受け入れられるところまででいいから、許して欲しい」と丁寧にお願いされた。  元彼女とした数える程のセックスの経験は、自分本位で、快楽を追うためだけのものだった。多分、彼女は満足してないし、下手くそだったと思う。  男同士の経験なんてない。御堂さんにされる受け身のセックスは、どこまでも優しく甘いものだった。  ゲイバーで、トラウマになるといわれていたのに、痛いことも、怖いこともされていない。身体中に手で愛撫されて、何度も口付けられる。  キスをして、視線を交わす。首筋に唇を這わせ、胸の突起を指で捏ねられた。自分の口からは痛みとは違う声が漏れていた。 「っ、んんん」 「やっぱり、気持ち悪い、ですか?」  同時にズボンの中に入れられていた御堂さんの手が俺の熱を上下に擦る。 「あぁ、ぁ、ん、ん」  ふるふると首を横に振った。 「ぁ、ぁあ、もち、です。きもちいい、みど、さん」 「よかった」  くちゅくちゅと寝室に響く水音は、熱棒からとろとろと溢れ出る欲蜜だった。 「ここ、口でしてもいいですか」  ズボンを足から引き抜くと、俺の返事を待たずに御堂さんは躊躇することなく勃起を口に含んだ。 「ぇ、あ、ぁ、ああ、あ、だめ、それだめですっ」  フェラチオなんて彼女にもされたことがなく、初めての暴力的なまでの刺激に頭の血管がいくつかいきそうになった。 「ぁ、はっ、ふっぁ、あ」  カリの段差を舌で舐められると良すぎて怖くなり腰が引ける。 「ここ、いい? びくびくなってる」  深く口に含まれたあと、次第に御堂さんの口の動きが早くなっていき、亀頭が頬に擦れる度になんども射精しそうになる。  なんとかぎりぎりで我慢をしていたが、口蓋のざらりとしたところに先が擦れた時、俺は慌てて御堂さんの頭を手で押さえた。 「ぁ、駄目、だめです、で、ちゃいますから、こすっちゃだめ、です」 「いいですよ。いってください」  一度口を離してそう言われると、そのあとは悪どくなんども抽送を繰り返される。 「あっああああっっ!」  ついに我慢ができず、御堂さんの口の中で射精してしまった。  ぽたぽたと、御堂さんの口から俺の精液が溢れ自分の腹部に水たまりを作った。  御堂さんは、それを指ですくうと、今度は俺の後孔へ、つぷりと指を一本埋めた。 「っ、あ」 「嫌、ですか?」 「なん、で、ゆび」 「少しだけ、我慢してください」  射精した後のぼんやりした頭で、その時は、まだ自分がこの先どうされるかなんて理解していなかった。一本、また一本と増やされていくその指が、次第に中を広げるようにバラバラと動き出した時だった。急にもぞもぞと下半身が落ち着かなくなってくる。  もどかしいような、くるしいような、ただ、その不思議な感覚はすぐに終わりを迎えた。 「っ、ぁ! あああっ」 「気持ちいところ、見つかってよかったです」  そういうと、指を中で腹部の方へ折り曲げトントンと優しく叩く。 「っ、ぁ、あ、なんで、そこ、やだ、や、です、こわい」 「大丈夫ですよ、誰でも気持ちよくなるところですから、声、聞かせてください」 「ぅー、あ、ああ、あっ、おかしく、なる、おかしくなる、からぁ、やぁっ、たすけて」  中で暴れ狂う快感を解放したくて、俺は無意識に自分の勃起を擦っていた。さっき射精したのに、早くいきたくてたまらなかった。 「うっ、ぁあ、あ、いきたい、いきたいですっ」 「前、触ってていいですよ、痛かったら言ってください」  御堂さんは後孔へ自分の欲棒をひたりと当てる。おかしな話だが、初めてこの時、自分が御堂さんにアナルセックスをされているのだと理解した。  ただ、快感で頭が馬鹿になっていた自分は、嫌だ無理だと暴れることなく、御堂さんの欲を後ろに受け入れて、快感を享受していた。  それどころか、もっと欲しくて、欲しくてたまらなかったのだ。 「ぁ、ああ、きもち、きもちいい、みどー、さん。わかんない、お尻、きもちいいの、なんで、こわい」  ゆっくりと奥を突かれると自分が握っていたペニスからとろりと蜜が溢れ出す。 「っ、ぁ……んん」 「大丈夫、上手、ですよ、私も、いいです」 「あっ、あああっ!」  御堂さんに優しく何度も頭を撫でられると、それだけで幸せな気分になった。  これが、恋なのか、この時は分からなかった。  ただ、もう自分は御堂さんの飼い猫になってしまったのだ。  きっと、俺は、もう人間には戻れない。  * * * 「本当に、昨夜はすみませんでした」  朝、目が覚めて、御堂さんから平身低頭で謝られた。  けれど困ったことに、昨夜、俺は御堂さんに告白されて少しも嫌な気分にならなかったのだ。  御堂さんは俺が嫌だということは何もしなかったし、先に勝手に気持ちよくなって、もっと撫でて欲しいってねだっていたのは、ほかでもない自分だったからだ。  一方的に謝らせている今の状況が逆に申し訳なく感じるくらいには、俺は御堂さんが好きになっていた。 「あ、あの。謝らないでください。その……俺の方が、迷惑かけた……し」 「けど、襲ったりしないと、言ったその日にだまし討ちのようなことに」 「俺、昨日嬉しかったんです。御堂さんに、駄目じゃないって言われて」  酔っていても俺は、ちゃんと御堂さんの言葉を覚えていた。  自分のくだらない猫への片思いに共感してくれて、馬鹿にせずに同じだと真剣に話を聞いてくれた。  多分、その時点で、俺は御堂さんを好きだった。 「だから、その、御堂さんが、俺のこと駄目じゃないなら、昨日の告白、なかったことにしないでください」  俺は、そう言って御堂さんに手を伸ばしていた。 「え、あの、秦野さ、ん?」  雪の日に寒そうにしている猫を拾ってしまったオオカミは、もう、その猫を手放せない。     おわり
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