1/1
前へ
/6ページ
次へ

 それは、関西方面では珍しく雪の降る日だった。  秦野潤(ハタノジュン)から見れば、御堂和臣(ミドウカズオミ)は「オオカミ」というよりは、第一印象は「大型犬」だった。  俺が自由奔放、「猫」みたいな性格だったから、きっと相性は悪いに違いない。  ……勝手に思っていた。  猫の友達はやっぱり猫がいいに決まっている。  もちろん、御堂さんに出会うまでの話だ。  * * *  十二月半ば。師走。街の景色はクリスマス一色だった。  イルミネーションがキラキラと輝いて、通りを歩く人たちもどこか浮ついている。  この日、俺は勤めているIT関連企業『猫山アプリケーション』で忘年会があって、その帰り道だった。  俺の会社では、社内で猫を三匹飼っていて、自社のプロモーションでも猫たちを前面に推している。  猫がモチーフのゲームとか、会計ソフトとか、そんな感じ。  社内で猫を飼えば癒し効果で生産性が上がるよねって、女社長である佐伯は言っていた。  まぁ、単に社員全員猫が大好きなだけの会社だ。  そんな会社で、俺も猫には日々癒しと元気をもらっている。  生産性が上がっているかは疑問だけど。  オフィスにいる猫は、いつも社内で大運動会。取引先の電話を勝手に切ってしまうこともあった。どちらかといえば仕事の邪魔しかしていない。  でも可愛いから許されている。  そんな弊社のサラリーニャンは社長の飼い猫で、毎朝、佐伯と共に出社してくる。  名前はミケとトラとシャケ。  猫好きが集まる会社なので、自宅で猫を飼っている人間も多い。  だから、まだ夜の九時を回ったところでも、愛猫に会いたいからって忘年会は早々にお開きになった。    俺も例に漏れず、昔から猫が大好きだったし、社会人になったら、すぐに可愛い猫ちゃんを家に迎える予定だった。  が、未だにその夢は実現されていない。  なぜかというと猫と俺の相性が極端に悪いからだ。  社長には「猫が猫を飼えるわけないわ〜」なんて、よく、からかわれている。  俺は性格が猫っぽいと昔から言われていた。でも、猫の友達は猫なので、社長の説は俺的には納得していない。 (俺だって、猫飼いたいよ!)  忘年会は、猫好きの猫好きトークばっかり。ますます家に猫を迎えたくなった。  でも、多分、無理。猫が俺に全然懐いてくれないのだ。  会社の猫たちは、他の社員とは楽しそうに遊ぶのに、俺にだけそっぽを向く。  というか、そもそも見向きもしない。出社しても朝から夕方まで、完璧に無視だ。 「寒っ……雪降ってるし、あー、早く家に帰ろう」  自宅マンションに着いて、俺はカバンから家の鍵を探す。  けれど、リュックのなかにいれていたはずの鍵がどこにもない。 「え、な、なんで?」  鍵はカバンの内ポケットに入れていたはずだった。  ――しばらくカバンの中を探して、オフィスに置いてきてしまったと気づいた。  昼間、会社の猫たちとキーホルダーの羽根じゃらしで遊んでいたのだ。  ……言うまでもなく、今日も遊んでくれなかった。 「バカだ」  猫は、猫を飼えない。  社長が笑いながら言っていたことを思い出す。生き物を飼うには、責任感が必要だ。  こんなふうに抜けている俺は、やっぱり生き物を飼う資格がないのだろう。  もし今、俺がマンションで猫を飼っていたらって想像してみた。猫は今頃、部屋の中でお腹を空かせて鳴いている。  そんなの、絶対あってはならない。猫がかわいそうだ。 「はーー……」  俺は、長い長いため息を吐いて、玄関の前で扉を背にして座り込んだ。  会社のカードキーは持っている。でもビル自体がしまっているので、今日は、もう入れない。一晩寒さをしのげるところを探さなければいけなかった。  こんな日は朝まで飲みたい。  ーー今日は金曜日だ。  休日前となれば、少々の深酒をしたところで何も問題はないだろう。 「……ぅ、まって、金曜じゃん! 今日」  うめき声が漏れた。思わず頭を抱える。  明日と明後日は土日で会社は休日。  月曜日まで自宅の鍵が手に入らないと気づいてさらに落ち込んだ。  俺は、ため息と共に力無く立ち上がる。  雪の降る中、とぼとぼと、さっき歩いてきた川沿いの道を再び繁華街に戻った。  こんな日は、行きつけのバーよりも新しいお店を開拓してみようと思った。 「よっし、ここにしよう」  以前から気になっていたところだった。表の看板に『雅』と書いてある店。  川沿いの商業ビル、一階奥の店舗だった。落ち着いた雰囲気の店構え。落ち込んだ日は、こういう店が良い。  重い木の扉を開けると、面から見た店の印象そのまま。店内はおしゃれなジャズが流れ、ゆっくりとした時間が流れている。高そうな器がカウンターの奥には飾られていた。  お客は俺以外に三人。全員男性だった。 「いらっしゃいませ」 「あ、こんばんは」  磨かれた木のバーカウンターの向こうには、自分と同じ年頃か少し年上くらいの若いバーテンダーがいる。グラスを磨いていて俺を迎え入れてくれた。 「ここへは誰かのご紹介ですか」 「あ、えっと、すみません。紹介じゃないとダメですか」 「いえ、そんなことはないですよ。こちらへどうぞ」  そういって手前にある席をすすめられた。 「マスター、せっかくの新規のお客さんに、紹介か? なんて怖い声で聞いちゃ駄目でしょう、おいでおいで、寒かったでしょー」  お客の一人に快く迎えられて、ほっとした。 「紹介以外で誰かくることがめずらしいので。阿古田さんだって、隣の結城さんの紹介でしょう?」 「あら、そういえば、そうねぇ」  好立地にある素敵なお店なのに、繁盛していないのだろうかと不思議に思った。 「そうなんですか? 素敵なお店なのに」  スツールに腰掛けると、俺は思ったことをそのまま口にしていた。今日は静かに飲むよりは、誰かと話したい気分だったので、そのまま話の輪に入った。 「ありがとうございます。その……特殊なお店なので。紹介が多くて」 「え、特殊、なんですか?」 「んーっ、あたし達から見れば、このお店は普通すぎるから。逆に特殊よね。あとお酒も美味しいし」  美味しかったらいけないのだろうか? とさらに不思議に思った。  阿古田と結城と呼ばれた男性二人は友人同士のようだった。阿古田は底抜けに明るい上に、酒に酔っているのか、言葉遣いがオネエだ。結城は、その隣で静かに飲んでいる。 (楽しそうな明るいお店でよかった)  毎回新しいお店に行くときは、くじ引きをするような気分で楽しい。ふと奥の席に視線を向ける。  結城が座っている、さらに三つ向こうの席。バーカウンターの端、一人で飲んでいる男は話に混ざるつもりはないのか、一人で酒を楽しんでいた。 (あ……)  こっそり観察していたら、目が合い思わず目を逸らしてしまった。 (……なんか、すごく……綺麗な人)  涼やかな切れ長の瞳、キューティクルの整った清潔感のある髪。  仕事帰りなのかスーツを着ている。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

111人が本棚に入れています
本棚に追加