9027人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
「平原、最近はどうだ?残業も減ったみたいだな」
宴会が始まって30分ほど経ったころ、ビールを注いで回っていると、桐島さんに声を掛けられた。まともに話すのは久しぶりだ。あの出張以来、仕事面での関わりはほとんどない。
「だいぶ楽になりました。もう少ししたら、あの大きい交付金の取りまとめ時期が来ますけど」
「絶対に締め切りを破るところがあるからな、しっかり催促しないとだめだぞ」
「桐島さん、去年はかなり催促していましたよね。うまくできるかな」
「大丈夫だ。二階堂にも手伝ってもらえよ」
ふっと笑った桐島さんと目が合ったので、作り笑顔で返す。なんとなく手持ち無沙汰になって髪を耳に掛けていると、「その浴衣、女性限定なのか?いいな」と柔らかな声が聞こえた。
「ありがとうございます。フロントで貸してもらって」
「二階堂にはなにか言われたか?あいつ、おまえのこと見てそわそわしてたぞ」
「そんな、まさか。着いてから一言も喋ってないですし」
「そうなのか?……ああ、相模が一緒だったからか。本当にわかりやすいな」
肩を震わせて本格的に笑い出した桐島さんについていけず、わたしの頭の上にはハテナマークがいくつも浮かぶ。
なにがそんなに面白いんですか──そう問い掛けようと口を開いたとき、肩にふわりとした感触があった。振り向くと、夏樹が仁王立ちをしてわたしを見下ろしている。
「な……二階堂くん、これ」
「着ててください。寒そうなんで」
肩に掛けられたのは、夏樹がいままで着ていたと思われる紺色の羽織だった。「寒そう?そんなことは……」「いいから着ててください」──有無を言わさない雰囲気に圧倒され、仕方なく頷く。
「……なんなんだろう、いったい」
「平原って、意外と男心がわかってないよな。俺はわかるけどな、二階堂の気持ち」
桐島さんが意味深な笑みを浮かべて、課長にお酌している夏樹を見つめる。羽織からは、ほんのりと甘い香りが漂ってくる──気がした。
最初のコメントを投稿しよう!