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会場の大部屋は5階だった。わたしと麻紀の部屋は7階、男性陣の部屋は8階だ。
二次会が始まる前にもう一度温泉に入るか迷ったけれど、「最後まで手伝ってください」と夏樹に言われてしまったので、泣く泣く諦めることになった。
「さっさと切り上げようよ。夜の露天風呂、早く入りたーい」
「そうだね。みんな結構出来上がってるし、早々に解散になるんじゃない?」
隅っこでひそひそと缶チューハイを傾けながら、大部屋のようすをぼんやりと眺める。そういえば、さっきから夏樹の姿が見えないな。お風呂にでも行ったのだろうか。
彼が着せてくれた羽織にそっと触れると、やっぱり甘い香りがする。バニラの香水なんて全然好きじゃなかったのに、いまでは一番ほっとする匂いなんだから、恋の力ってすごい。
「そういえばさぁ……」
麻紀がなにか言いかけたとき、膝に乗せていたスマホが短く震えた。「いま、二次会抜けれそう?」──その文面が目に入った瞬間、胸が大きく高鳴る。
「平原、どしたの?……あ、もしかして」
「なんかね、いま抜けれるかって」
そう耳打ちすると、「じゃあ、お風呂行くふりして一緒に出よっか?」と提案してくれた。「いいの?」「うん。わたしは適当に戻ってくるし、ほんとにお風呂行ってもいいしね」──少し残っていたチューハイを飲み干し、近くにいた前田係長に「わたしたち、お風呂行ってきまーす」と声を掛けた。
「あんたたち、もう戻ってこないに1万円賭けるわ。バレないように気をつけてよね」
大部屋の前で麻紀と分かれて、夏樹から届いたメッセージをチェックする。
「12階まで来られますか?エレベーターの近くにいます」
──これは、いったいどういうことなんだろう。ある予想がふと頭をよぎる。でも、職員旅行で……まさか、ありえないよね。
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