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「お疲れさまです」
12階に到着してエレベーターを降りると、すぐ近くに夏樹が立っていた。腕組みをして壁にもたれかかるその姿は、ファッション雑誌顔負けの絵面の良さだ。
「夏樹、あの……」
「いいから、ちょっと着いてきてください」
むすっとした顔をしてわたしの手首を掴むと、静かな廊下をすたすたと歩いていく。──それにしても、他の階とは雰囲気が違うな。部屋番号のプレートの仕様や、ドアやドアノブ、廊下に敷かれている絨毯でさえも。
ねえ、いったいどこに……。尋ねようと口を開いたとき、彼がある部屋の前で立ち止まった。帯の間からカードキーを出してロックを解除すると、当たり前のようにドアを開ける。
「どうぞ。先に入ってください」
「ちょっと待って。夏樹の部屋って、8階だよね?」
「俺と桐島さんの部屋は確かに8階ですけど、ここは俺と琴実の部屋だから」
いいから入ってください。部屋の中に押し込まれてドアが閉まった途端、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
「早くふたりきりになりたかった。触りたくてたまらなかった。琴実、朝まで俺と一緒にいよう」
甘い香りと筋張った腕に捕らわれて、身動きが取れない。鼓動がどんどん速くなっていく。予想は半分的中していた。だけどまさか、こんなに豪華な部屋を予約していたなんて──。
「あの、でも……わたしはともかく、夏樹が戻らなかったら桐島さんが心配するんじゃ」
「大丈夫です。桐島係長は知ってますから」
「え?!」
そんなに驚かなくても。髪に優しくキスを落とされ、背筋に甘い痺れが走る。たまらなくなって、今度はわたしから抱きついた。
「……部屋の中、早く見たい、な」
「はい。露天風呂がついてるので、あとで一緒に入りましょう」
不器用な微笑みと一緒にキスが降ってくる。このふわふわとしたほろ酔い気分は、さっき飲んだお酒のせいだけじゃ、ない。
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