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 「お父様。お話とは何でしょうか」  部屋の奥で椅子に座ったままこちらを見ている父が手招きしている。話がしやすい位置まで近付くと口を開いた。  「ブランシュ。お前に縁談がある」  「…」  やっぱり、とある程度予想していたことが的中し目線を下げる。  「お父様…そのお話はおやめになってとあれほど…」  父は呆れたように小さくため息をつく。  「ブランシュ。お前ももう十八だ。いい加減、婚約者を決めねば…」  頭を抱え悩んでいる様子である。しかし肝心の娘は、  「お父様! いい加減にしてくださいまし! 私は心から好きだと思える方と…支えていきたいと思える方と結ばれたいのです。そうではない相手とは添い遂げたくありません…」  父の話を遮り、背を向けて顔を抑える。その後ろから尚も追い討ちをかけられた。  「…本当はお前もわかっているだろうが、これは家のためなのだ。ブランシュひとりの言い分だけでどうにかできるものではない」  「それでも…私は…」  ぎゅっと拳を握りしめ、今まで押さえ込んでいた何かを爆発させた。  「私はそんな政略結婚の駒になんかなりたくありません!」  言ってすぐ部屋を飛び出した。名前を呼ぶ声がしたが、無視してそのまま廊下を駆けて行き、自室へ戻った。そして勢いよく扉を閉め閂をかける。  「はあ…」  軽く息を切らしながらベッドの上に倒れ込んだ。  「私は、間違ってなんか…」  うつ伏せのままぎゅっとシーツを握りしめる。  ブランシュは辺境伯である父ギヨームと貴族の母アンヌの間に生まれた。祖父は他界しているが、かつてはレオンス大公だった。自分にもその高潔な血が流れている。  貴族たちはどの家も殆どが政略結婚であった。これは家や一族の利益のための策略のようなもの。政治的な利用をする目的を伴っている。当人たちの意向を無視して結婚させるのだ。  しかしブランシュはこの政略結婚を心底拒絶した。  好きでもない相手と生涯を共にするくらいなら独り身でも構わない。死んだ方がマシだ─。そう考えていた。  幸か不幸か、ブランシュにとっては幸いだったのかもしれないが、年頃になるまで婚約候補は挙がっていたものの婚約者が決まったことはなかった。しかしいつまでもこの状態が続くとは限らない。  「…」  目を閉じて冷静になって考えを巡らせる。  父が言っていることも理解できる。家のため、一族のため。自分の言い分だけでどうにかできるものではない。それは解っている。解っているけれど…。  「もう、どうしたら…」  小さく息を吐いた後、考えるのをやめた。
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