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しらゆ。
「明日休みだよね?何処か行く?」
合同合宿最終日の昼食の後、騒がしい食堂から逃げるように毎晩主将たちが集まっているらしい教室の窓際で、向かい合わせに置かれた机と椅子に座り俺はゲームを、湊は難しい顔をして本を読んでいた。そんなに難しい本を何故今読んでいるんだろうと不思議に思っていたけれど、難しい顔は本のせいではなかったみたいだ。
きっとうちの主将、木村か向こうの主将か、または両方に何か言われたのだろう…。
とりあえず「温かいところ。」と応えたけれど湊は満足していないみたいだったので「うちに来る?」と聞いたけれどそれも違うみたいだった。
まったくあの二人は余計な事しか言わない…。ゲームをキリの良いところでやめ、両手を前に出し身体を伸ばしながら「湊は行きたいとこあるの?」と聞いてみると本から顔をあげ「猫みたい。」と笑った後「特にはないんだけど…」と言った。特にないけど、何処かには行きたいのか…。たぶんあの二人に乗せられてる事なんか気づいていないんだろうな。そう考えるといくら落ち着いて見えて年上のようでもちゃんとに高校生で同じ年で安心する。でも、もっと素を出してくれてもいいのにとも思う。気を使ってくれるのも嬉しいけれど、わがままも聞いてみたい。
窓の外を目を細めて見ながら「腹一杯だし、窓際は暖かいし眠くなるな…。」なんて言っている湊を見れるのは俺だけかもしれないけど、もっと色々な湊が見たくてどんどん贅沢になる。
「湊だって猫みたい。」
同じように窓から入る陽に当たるよう顔を向けて言うと「仕方ない。」と真剣に言うので笑って頷いた。
「なんか、おじいちゃんみたいになってる…疲れてる?」
頬杖をついてぼうっと外を眺めている湊に尋ねると「うーん、そんなこともな…くもないかなぁ…。」と曖昧な返事が返ってきた。合宿も最終日、あの三年を相手にして疲れないわけないよな…居残り練習までしっかり付き合っているし、それでも俺と何処かに行こうと思ったのか。と考えると自然と顔が緩んでいた。
「あの三年達の相手は大変そう。俺だったら無理…」
緩んだ顔を誤魔化すように言うと「俺もそっちは無理そうだなぁ…木村さんの相手は大変そう。」と意味ありげに笑った。そう?と首をかしげると「うん…。あっちは楽しそうだけど、やっぱり大変そう。自分の学校がやっぱり自分に一番合ってるのかもね…。」と続けた。
「俺、あっちも無理。遠谷と一緒は楽しそうだけど無理だ。」
考えただけで疲れる。
「本当に嫌そうな顔してる。」
そう言って眉間を指さしたので、慌てて顔を戻した。遠谷が嫌いなわけではないのだ…ただ毎日毎日疲れそうだと思うだけなんだ。柴田と木島でも疲れるというのにあそこは元気が良すぎる。結局湊の言うとおり今の学校が一番合っているのかもしれない。木村だって好きに言わせておけばそんな害もないし。
にしても、本当にここは居心地がよくて眠くなる…窓から入ってくる柔らかい日差しはこのまま眠ったらものすごく幸せなのだろう。出てくる欠伸と一緒に両腕を上に押し上げるように伸びをし、「あと少しかーでも疲れた…。」とブツブツ言う俺に湊はただ微笑むだけだった。
あと午後数セットでこの合宿も終わる。明日一日休んでそこからが本番だと思うとため息しか出ない。だけれど、負ける気なんて少しもない。終わったら三年生は引退なのだ。一つでも多く勝ちたい。そして、遠谷ともう一回のない負けたらそこで終わりな試合をしたい。
「そろそろ行きますか。午後もがんばろー。」
湊はちっとも頑張りそうもない棒読みで言うと立ち上がり、んんんーと声にならない声をだし伸びをした。
「そうだね。がんばろー。」
真似をして言う俺に「嘘つき。」と笑って右手を差し出してきたので、右手で握ると引っ張り立ち上がらせてくれた。
頑張りそうな感じではなくてもきっと湊は頑張るんだろうし、俺はそこそこに頑張るだけなのだ。まぁ、あの主将を見てたら頑張ってしまう気持ちもわかる…わかるだけで、頑張るかは別なんだけどね。
「じゃあ、温かい行きたいところ考えておいてね。」
教室を出る時そう伝えると驚いたような表情を見せ「明日?」と聞いてきたので「湊が言い出したんじゃん。どっか行くんでしょ?」と答えると笑顔で頷いた。ほら、やっぱり何処か行きたかったんじゃん。と言うのを堪えて笑いながら騒がしい体育館へと向かった。
俺もちょっと楽しみなのは内緒だ。
『水族館はどうですか?』
そのメールに気が付いたのは合宿もミーティングも終わり、帰りの電車に乗っている時で、隣にいた木村が「なになになにー?」と覗いて来ようとしたので慌てて『了解』とだけ返信した。
向こうもきっと帰りだろうし、寝る前には待ち合わせと場所の連絡が来るだろう。
でも、なんで水族館なんだろう…?魚見たかったのかな。でも、水族館なんて言い出した湊も新鮮で面白い…などと考えていると木村が「なになにー?楽しそうだね。ゲームもしないでー。」と煩かったので脇腹を殴ってからゲームを始めた。隣で木村は痛い痛い煩いけれど、無視さえできれば面倒な事はないのだ。昼間の湊との会話を少し思い出した。
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