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一話目
「庭にマグマができました」
家に帰ると、彼女はおかえりも言わず、こんなセリフを口に出した。彼女の言葉に、俺はただいまを言うのも忘れて、玄関に立ち尽くしていた。
エプロン姿の彼女は手を後ろで組んでその場に立ち、上目遣いでこちらを見ている。俺の方にまっすぐ向けられた瞳からは、冗談なのか真面目に言っているのか判断することができない。
しかし、彼女がこんな奇想天外なことを言うのは初めてのことではなかった。UFOを見たというのは日常茶飯事、公園で宇宙人に出くわした話を一時間かけて語ってくれたこともあった。マグマが庭にできたくらいで驚いてはいけない。
俺は深く息を吸う。さあ、何事も聞いてみることが一番大事だ
「ねえ、一つ聞きたいんだけどさ……」
俺の言葉に、彼女は「なあに」と首をかしげる。
「そのマグマってのは、どんなマグマなのかな」
「えっとね」
そう言って人差し指を顎に当て、黒目を上に向ける。
「丸くて、赤くて、なんか魔女が煮込んでる鍋みたいにぐつぐつしてる」
「……」
俺は頭の中で、丸くて赤くてなんか魔女が煮込んでいる鍋みたいな物を想像する。なるほど。そう言われるとイメージがしやすい。天然な彼女だが、そういった例えは上手いのかもしれない。
「ねえ、一つ悲しいお知らせがあるんだけど」
「なに?」
彼女のまぶたがぱちぱちと動く。
「マグマは庭にできないんだよ」
俺は子供を諭すようにゆっくりとその言葉を述べた。呆気にとられた表情を見せる彼女だったが、しばらくして口をへの字にして、いかにも私は不機嫌ですよという表情を見せる。
「じゃあもし本当だったらどうする?」
彼女の言葉に俺は少し驚く。彼女が自分の意見を強く述べるというのは珍しいことだった。そんな彼女の態度に、俺の心の中の対抗心に少しだけ火がついた。
「そうだな。本当だったら、裸で逆立ちして町内を三周するよ」
そう言った途端に、彼女のとんがっていた口が緩み、ニヤリと意地の悪い笑みが浮かぶ。
「約束だからね」
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