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俺はレジの前の椅子に腰を下ろし、ぼんやりと古本屋の店内を眺める。狭い敷地に本棚が並べられ、通路は人が一人通るのがやっとなくらいだ。天井の蛍光灯は今にも切れそうで、日差しの悪い店内をさらに不気味にしている。
客は誰もいない。開店間際の早い時間、さびれた商店街のさびれた古本屋にやって来る客はほとんどいない。そのおかげでやることもなく楽なのだが、従業員ながら経営は大丈夫だろうかと不安になる。
俺はカウンターに肘をつき、昨日のことを考える。そう、もちろんあのことだ。
あれから彼女と夜遅くまで話し合った。話し合いは熾烈を極めた。激しい長時間の討議の結果、何とか、裸で町内を回ることは延期してもらうことができた。
もっと話さないといけないことはたくさんあるはずだ。なぜマグマができたのか、危険はないのか、これからどう対処すればいいのか。しかし、全裸で逆立ちを頑なに要求する彼女に、マグマのことを話す余裕はなかった。今は自分の羞恥をさらさないようにするので精一杯だった。前門のマグマ、後門の全裸とはこのことだろう。とりあえず全裸だけは阻止しないといけない。
「やあ、おはよう」
入口の自動ドアが開き、一人の男が入ってきた。長身で短髪、色黒の顔にはわざとらしい笑顔が浮かんでいる。この古本屋の店長だ。
「どうだい、お客さんは来たかな?」
顔をこちらに向け、にっと口から歯をのぞかせる。不気味なほど白く輝いている歯が、気持ち悪い。
「いえ、一人も来ていません」
「そっか、木曜日だもんね」
店長は両方の手のひらを上に向け、大きくため息をつく。土曜だろうが日曜だろうが月曜日だろうが、お客さんが来ないことを彼は知っているはずなのだが、そこは気にしないようにした。
「ねえ、それより見てよ。前にやっていたクロスワードの懸賞で、クオカード五百円分が当たったんだ。いやあ、ついているなあ」
店長は自慢げに猫の絵が描かれたカードをこちらに見せる。どうやら仕事中にコツコツ完成させてきたクロスワードパズルの懸賞が当たったみたいだ。仕事をさぼり続けた努力が実を結んだようだ。
「そうですか。それは本当に良かったですね」
俺はできる限り心を込めずに言葉を返した。
「あれ、どうしたんだい。今日は何だか元気がないじゃないかな」
店長が劇団員みたいな大げさな口調で言う。まじでうざい。
「いえ、そんなことないですよ」
店長みたいな男と二人きりで元気を出してどうなると言うのか。しかも家の庭にはマグマ、そんなシリアスな状況で元気が出るはずもない。
「困ったことがあるなら店長に言ってみなさい。相談に乗るよ」
店長のでかい顔がぐんぐん近づいてくる。俺は体を後ろにのけぞらせ、苦笑いを見せる。これは面倒くさいことになった。
庭にマグマができて困っているんですけど。そんなこと言えるわけがないだろう。もし言ったとして、このポンコツ店長にバカにされたら一生もののトラウマだ。
しかし、何か言わなければ一日ずっとからまれそうだ。それだけは避けないといけない。俺は意を決して口を開く。
「実はですね、同棲している彼女とある約束をしてしまったんですよ。それで僕が町内を全裸で、しかも逆立ちで三周しないといけなくなったんです」
「本当かい?」
店長は腕を組んで悩ましげな表情を見せる。その演技に腹が立った。
「それは一つだけ問題があるね」
彼は右手の人差し指をピンと立てた。
「逆立ちで町を三周するのはかなりの腕力が必要だよ」
店長が目を輝かせてこちらを見る。なるほど、さすがはポンコツ店長、目の付け所も人並み外れている。
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