一話目

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「ただいま」  玄関のドアを開け、家の中に向かって叫ぶ。いつもは返ってくるはずの彼女の言葉が今日はない。靴を脱いで玄関をあがり、リビングをのぞくが、誰もいなかった。鍵を開けたままで出かけたのだろうか。そんなことを思い、ふと庭の方に目をやると、マグマの前でしゃがみ込む彼女の姿があった。丸まった背中はピクリとも動かない。俺は庭に出て、ゆっくりと彼女に近づく。彼女の背後まで来たが、こちらに見向きもせず、じっと煮え立つマグマをのぞきこんでいる。 「ただいま」  俺がそう言うと、「おかえりなさい」とおざなりの言葉が返ってくる。視線はマグマから動くことはない。 「ずっと見てるの? マグマ」 「うん」 「もしかして朝から?」 「うん」 「食事もせず?」 「トイレには行ってるよ」 「そっか」  また沈黙が続く。マグマの煮え立つ音だけが庭に響いていた。 「さっきマグマの色が変わったの」  彼女の言葉に思わず顔を歪める。 「色が変わった?」 「うん」  俺はマグマをのぞき込んだ。マグマは朝と変わらず血のような真っ赤な色で燃えている。 「どこら辺が変わったの。朝と一緒のように見えるけど」 「ちょっと静かにして。もうすぐ色が変わるから」  彼女の目がいっそう真剣になる。何がそこまで彼女をかき立てるのだろうか。 「ご飯は? お腹すいたんだけど」 「冷蔵庫になめ茸があるよ」 「なめ茸……」  俺はリビングに戻り、冷蔵庫を開ける。そこにはスプーン一杯分のなめ茸が入った瓶が置かれていた。俺はため息をつく。マグマに夢中になるのは構わないが、料理くらいちゃんと作ってほしい。  テーブルの席に座り、なめ茸ごはんを食べながら庭を見る。そこにはさっきとまったく変わらぬ姿勢の彼女の後ろ姿がある。よく飽きもせずに、あれだけ見つめられるものだ。  彼女が何かに夢中になるのはよくあることだった。変わった模様の猫を夢中になって町中を歩き回ったり、おしゃれな建物を何時間も見つめて警察に補導されたり、夕日を追いかけて地平線に走り出したりと、挙げれば切りがない。  そういえば彼女と初めて出会った時もそうだった。二年前のことが頭に浮かぶ。
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