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絶望
母親はすぐに着替えた。主人には息子がいる事は告げていたが、病院に行くかは逡巡していた。高校生の頃から警察に世話になり始め、二十歳になると手をつけられなくなり、刑務所行きになった。
その頃に主人と出会ったので、息子に面会にも行かず、疎遠になっていた。
今さら行く理由もない。と、思っていた。
「行ってきなさい」
と、主人は背中を押してくれた。
駅に向かったが、電車でどう行ったらいいかわからない事を途中で気がついた。
タクシーに乗ろうと、道路に出た。
焦っていた。
車が通るたびに無駄に手を上げるが、乗車中ばかりだった。
タクシーでない車にまで手を上げ停めようとした。
ようやくタクシーが停まった。
正常な意識ならすぐに停められたと、思うだろうが、今は違った。長い時間を費やしたように感じるのだ。
タクシーに乗って病院名を言うと、運転手はすぐに理解し、アクセルを踏んだ。
正面の入り口は閉まっていた。当然である。夜間口から入ると、受付に人がいた。
「久留田啓太の母です」
受付の人はすぐに理解して、病室を案内した。
どこをどう行ったか記憶にないが、気がつくと、宿直の医師が目の前にいた。
「お母さんですね?」
医師は何度も問いかけたようだ。
「はい、それで、息子は……」
「とても危険な状態です。頭を強く打っていて昏睡状態です」
「そんなに深刻ですか」
「朝まで持つか」
母親は涙があふれた。
すぐに病室に行くと、啓太はいた。顔面は包帯を巻かれ、口には管が通っていた。
母親が呼びかけるが、反応は全くなかった。手も握ったが希望さえ持てなかった。
絶望が頭をよぎった。
記憶は途切れた。カーテンからの日差しで目を覚ました。
母親は啓太の顔を見るが相変わらず眠っていた。いや、生きているのかさえ疑わしく思えた。
「啓太……」
母親が呼び起こせるのではないかと思ったが、やはり無反応だった。
医師が朝まで持つかと言われたことが脳裏をよぎった。
母親は啓太の手を握った。
「えっ?」
微かに啓太の指が動いたように感じた。
「啓太」
母親が声をかけると、間違いなく、わずかであるが指が動いた。曙光が見えはじめ、涙が止まらなくなった。
了
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