きっとそれは

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幼い頃、愛というものが欲しかった。 父と母に捨てられ、家族の愛というものを知らずに育った。孤児院の子供たちとは気が合わず、いつも一人だった。 一人には慣れていたが、夕暮れ時、母親に手を引かれて歩く子供が羨ましくて仕方なかったのも本当だ。 愛が売っていたら良かったのに。 いいや、仮にそうだとしても買えるようなお金はなかったな。 大人になって、結婚をした。 相手の女性は随分と長い間友人関係だった。気心が知れた相手ではあるが、愛している相手とは違う気がする。 その証拠に僕たちは手を繋いだことすらないのだ。 「カフェラテの粉が」 「カフェラテの粉が?」 「カップの底に溜まっていて」 「それで?」 「嫌だった!」 声を上げる彼女の姿に思わず笑う。 笑われるのが不服だったのか、彼女は不満そうな顔をしている。 くだらないことでも話し合えて、どんな時もそばにいて、苦楽を共にしてくれる。 彼女との生活は悪くない。 気心がしれている相手だし居心地がいい。男女の関係ではないのもかえって良かったのかもしれない。 仕事を終えて家へ帰ると彼女に出迎えられる。 キッチンからは夕飯の匂いと調理する音がする。 「今日のご飯は?」 「グラタン!あとプリン。たくさん作ったから明日の朝も食べれるよ」 あとね、と思い出したように彼女が続ける。 ばたばたと忙しく走り、袋から取り出す。何かと思えばテディベアだった。 「これあげる!」 「テディベアを?」 冗談だろう、という言葉は飲み込んだ。 「あなたに似てると思ったの。一緒に眠るときっと幸せになれるよ」 子供じゃあるまいし、という言葉も飲み込んだ。 つぶらな瞳に茶色のふかふかとした体、赤いリボンを首元に巻いて媚びてる。 僕が受け取ると彼女は満足そうに笑ってキッチンへ戻った。 幼い頃、ぬいぐるみを抱いている子が羨ましかった。 それはきっと何かを所有しているということや一人で眠る寂しさを紛らわせること、誰かからの贈り物を受け取れるということ、それに対しての羨みだったんだろう。 そして今それは僕の腕の中にある。 参った、テディベアで喜ぶ大人の男なんて勘弁してくれ。 嬉しいだなんて、そんな。 「ご飯食べよー!あ、プリン!あるからね!言ったっけ?」 (きっとそれは) 「テディベア喜んでくれた?思い切って買って良かった!あの子、じっと見てるとなんだかあなたのこと思い出しちゃって……」 ふふ、と食卓についた彼女が笑う。 「僕といっぱい仲良くしてね」 一際高い声で彼女が言った。 「なにそれ」 「くまちゃんの気持ち」 「グラタン美味しいね」 「まだあるよ。プリンもある!」 (きっとそれは愛の形) クマの形をしている愛情です。
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