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昇降口で靴を脱ぎ、慣れない階段を上る。
ふと、窓の外に目をやると、満開の桜が風に吹かれて花片が舞い散っていた。
秒速五センチメートル。
それは、桜の花の落ちるスピードらしい。何かの物語で、そう書いてあった。
本当に、そうなのだろうか?
一体どうやって計算したのだろう?
スピードガンで瞬間の速さを測定するのかな? いや、無理か……。
よし、家に帰ったら調べてみよう。
そんな、とりとめも無いことを考えていた。
ようやく、2年1組の教室に着いた。昨年より、少し、昇降口から遠い。
思い切って、教室の戸を開けた。
よそよそしさを感じるクラスには、いくつかの見知った顔があった。
まだ、クラスの半分も登校していないようだ。
僕は、青葉なんて名字だから、毎年、窓側の一番前の席。
間違えようがない。
しかし、おかしいのだ。
なぜなら、その席には、先約がいたからだ。
「あのぉ~。そこ、僕の席なんだけど?」
僕はできる限りの人畜無害を装い、声をかけた。
先約は、眼鏡を掛けた男子生徒。
彼は「聡明」を絵に描いたような人物であった。
彼は、怪訝そうに眉をひそめて、口を開いた。
「僕は、青葉朔也。出席番号は一番だけど?」
どうやら、彼は、見間違いをしたようだ。
無理もない。だって、僕も、『青葉』だし、彼の名前の一文字目も、僕と同じ『朔』だから。
僕は、朔也くんの気分を損ねないように、彼の目を見て、丁寧に、この事実を伝えた。
彼は、自分の失態に気づくと、もの凄い勢いで、立ち上がった。
「ごめん! 今までずっと一番だったから!」
そう謝り、一つ後ろの席に座り直した。慌ただしい人だ。
その後、お互いに、なんだか気まずくなってしまった。
僕はリュックを下ろして、席に着いた。
始業時間まで、20分ある。
うん。読書をしよう。
リュックから文庫本を取り出していると、周囲の雑談が耳に入った。
決して盗み聞きではない。
「なぁ、知ってる?」
「何を?」
「『さくらの妖精さん』のこと」
「あぁ、この高校の生徒に取り憑くやつだろ」
「うん。取り憑かれた人間は、その年、幸せになれるらしいぜ」
「マジで! どうしたら、取り憑いてもらえるんだ?」
「さあ? それは知らない」
……まさか、そんな訳ない。
さっき、僕に話しかけてきたヤツが、それな訳……
『そうでーす! 『さくらの妖精さん』こと、サクラだよ!』
……マジかよ。ヤツは、いつの間にか、僕の机の隅にちょこんと座ってこっちを見ている。ある意味ホラーだよ。
ヤツをつついてみる。
『くすっぐったいよ! 朔~』
さ、触れた! お化けの類いじゃないのかよ。
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