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夏の終わりが近づいてきたある日のこと。
その日、僕は日直のため放課後、教室で、ひとり、日誌を書いていた。
サクラは、僕の机の隅に寝そべり、十手で背中を掻いている。
孫の手、代わりであろうか。
『朔、知ってる? デパートとかでさ、閉店間際に流れる曲ってさ、『蛍の光』じゃなくて、別の曲だって知ってた?』
サクラは、自慢げに僕に言った。
「『別れのワルツ』だろ」
僕だって、日々を無駄に過ごしている訳じゃない。
ちゃんと、知識を吸収しているのだ。
まぁ、その知識の大半が、本から得た物だから、偏りがあるけど。
サクラは、得意げに言ったのに、僕が知っていたから面白く無いみたいだ。
『朔。じゃあ、これは知ってる? 学校のチャイムは……』
「『ウェストミンスターの鐘』だろ。イギリス・ロンドン発祥のメロディで、元々はイギリス国会議事堂の『ウェストミンスター』に付属する時計塔が鳴らす『鐘』のメロディだった」
サクラは、十手で僕の手を突いて、頬を膨らませた。
『それなら、電車に乗ったときに、アナウンスされる、『ワンマン電車』の意味は?』
「車掌さんがいなくて、運転手さんが車掌さんの仕事を兼任する電車のこと」
ガラガラッ。
音がして、教室のドアが開いた。
僕は、驚いた。
ドアを開けて現れたのは、『図書室のヌシ』だったのだから。
どうして、彼が1組にいるのだろう?僕以外、他に人もいないのに。
そう不審に思って、彼を見ていると、彼は、僕の斜め後方の机の中を探って、英単語帳を取り出した。
僕の視線に気づくと、声を掛けてきた。
「朔くんは、今日、日直? お疲れ様!」
「……どうして、僕の名前を知っているのですか?」
彼は、僕の問いに目を丸めて「酷いなぁ~。同じ青葉なのにー」と、こぼした。
「あっ! 新学期の青葉くん!?」
「うん、そうだよ。あっ、青葉はややこしいから、下の名前で呼んでよ! 僕も朔って呼んじゃったし」
彼は……いや、青葉朔也くんは、新学期に席を間違えた、あのクラスメートだったのだ。いい加減に、人の顔と名前を覚えられない、この性格をなんとかするべきだよな……。
彼も、図書室で毎日出会う、僕のことが気になっていたそう。
恥ずかしそうに、眼鏡のつるを押し上げて、そう教えてくれた。
「あのさ、気になったんだけど、僕が教室に入る前に呟いていたことって、もしかして……ワンマン電車のこと?」
穴があったら入りたい。
聞かれていたなんて……。絶対、変人だと思われた。
「ごめんね、盗み聞きしたみたいになってさ。僕も、そういう蘊蓄が好きでさ、つい、仲間かと思っちゃって……じゃあねっ!」
朔也くんは、それだけ言って、教室を去ってしまった。
きっと、僕が返事をしないから、嫌がっていると思われたのだろう。
朔也くんに謝らせてしまった。
本当に、腑甲斐無い。
『朔~! 一大チャンスだったのにぃ~! どうして話を続けないの!』
朔也くんが教室から出ると同時に、サクラは文句を言ってきた。僕は、サクラから顔を背けて、日誌を書ききった。
サクラは、僕の頬を十手でツンツンと、突いている。
『ねぇ、もしかして、トラウマみたいなものがあるんじゃないの?』
サクラからの問いは、僕を3年前の記憶へと誘った。
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