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3.植木鉢のサルビア、弟は美味しい
認可状を部屋のドアに貼りつけて、姉と弟はコマネズミのように動き回った。
――チラシをアパート中に配らなければ。いや、アパートの外も。
――詰めて貰って、何人いっぱいかしら?
――テレビの位置を変えて、あっちからも見られるようにすれば、頑張って二十人ぐらいかな。
――上映スケジュールを決めましょう。記念の一回目は何にしよう。
――父さんが一等好きだったやつがいい。
――「インディージョーンズ」の三作目!!
――父さんはショーン・コネリーよりダンディーだろう?
――うんって言わないと怒ってアイス買ってくれないんだもの。
――じゃぁ、二本目は僕の好きなのでいい?
――だぁめ、あんたは三番目。
――ちぇ。
――二本目は「8人の女たち」にします。
――あんな映画の途中で歌いだすのの、何処がいいんだよ。
――ミュージカルの良さがわかんないようじゃパナマは似合わないよ。
――いいんだ、僕は大人になっても野球帽で。
――で、三本目は?
――勿論、「グーニーズ」!!
――ま、悪かないチョイスだわね。
チョコマカ、町に二匹のコマネズミ。チューチュー、チューチュー、呼応する鳴き声はマーケットとアパートを行ったり来たり、二人の部屋が映画屋になっていく。
ベランダに置いた赤いサルビアの植木鉢を玄関の靴箱の上に配置換えして、サアヤはその隣に手書きのチケットを積んだ。
お一人様一度の入場に銅貨を二枚。開場は朝の九時、閉館は夜の九時。一度買ったら好きなだけ居てもいい。好きなだけみていっていい。
――お茶。
――ポップキャンディー。
――父さんに教わった男料理。
――ジャガイモの肉巻き、シチューご飯、特製のフレンチトースト。
――フレンチトーストは「クレイマー・クレイマー」の時だけにしよっか。
――ナイス、アイディア。
アダムさんに軍資金を前借りして、開場が迫る。お客さんは来てくれるかな。チラシはたくさん配った。みんな、面白がってくれてた。きっと来てくれる。サアヤはサルビアに霧吹きを吹きかけ、アルマは父さんに貰ったとっておきの野球帽を手洗いしてベランダに干している。「インディージョーンズ」のあの子が被ってたのと同じ、遠い国の野球チームの帽子。
――ビールは?
――ダメよ、お酒は。
――人が悪魔になるからね。
――さぁ、フレンチトーストの味をみてちょうだい。
サアヤのフライ返しがアルマの口元に突き出される。指で摘まもうとしたアルマを、からかうようにサアヤはフライ返しを引いた。
踊りが始まる。
アルマは身を引いて、突き出して、サアヤもクイクイっと。明日は杮落し。耳のトパーズをサファイヤに変えて、サアヤは胸を真っ赤に燃やしていた。
冷えていくフレンチトーストは、アパートの窓に甘い影となっていつまでも踊っていた。
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