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5.親と子
丸眼鏡にカイゼル髭をたくわえたサアヤとアルマの父親は、紅潮した顔で二人を胸に抱き締める。
ふっと灯りを消すように消えては、赤い顔で勝手に灯りを点けて戻って来る。
二人にはごくありふれた日常の出来事で、いつものように久しぶりの父さんに甘えた。
――話は聞いてるよ、二人とも商売を覚えたんだな。VHSのコレクションが役に立って嬉しい限りさ。こっそりポルノなんか隠さないでおいて本当に良かったよ。
――そんなのテレビじゃ放送されないでしょう?
――馬鹿、姉ちゃん、深夜にテレビつけてみなよ。
――馬鹿はあんたよ、そーいうのはちょっとHなシーンもある映画ってだけで、ポルノって言わないの。
――そうなの?
――まあ、まあ。とろこでね、父さんは二人に一つ、質問をしなくてはいけないんだ。
そらきた。サアヤはこぼれそうな瞳でもう一度父さんに抱き着く。アルマも真似してそうした。
――お金のこと?
サアヤは父親の胸に、タバコの匂いを嗅いでいた。煙のタバコは大嫌いだったのに、父さんの服に染み込んだタバコの匂いは大好きだった。嗅いでいると心臓の鼓動がゆっくりになっていく、ここでもどこでも同じ場所にできる魔法の行為だとサアヤは父親の服を嗅ぐ行いを愛していた。
――ああ。残して行ったお金は、どうしたんだ。
サアヤとアルマは瞳を重ねる。
グシャグシャと父親は二人の髪の毛を乱暴になぜた。
父親の手で、部屋を外から覆うようなオルゴールが鳴り始める。
姉と弟は踊り出す。
サアヤはポップキャンディーをスカートの裾で跳ねさせ、アルマはジャガイモを口の中に永遠と放り込んで。
棚のVHSがカタカタとラインダンスを踊り、台所のグラスがお客の口紅色の濃い順にグラデーションでクルクル回った。
――私もアルマも父さんが大好きなの。
――そうさ、僕も。姉ちゃんも。
父親はカイゼル髭をシンメトリックに撫でつけて、滑るようなダンスを踊っている。
――でも、父さんはちょくちょく消えてしまうから。
――そう。
――私たちはあのお金をスッカリ遊園地で使ってしまったの。
――そんなに使えるわけないって思ったけどね、ゲームコーナーで一等を狙い続けたらあっという間だった。
――そして、父さんが帰って来るまでに、なにも食べないでおこうって。そしたら、父さん、もう、消えたりしないだろうって。
――だけど、アダムさんが。
――私もアルマも、すっかり約束破っちゃって、映画屋さんは楽しかったから。
踊り続けていた棚から一本のVHSが飛び出して、ゴトリと時間を静止させた。
「ラビリンス・魔王の迷宮」
父親はテープを拾うと、テレビに再生した。
マペットの演技が時を越えて、デヴィッド・ボウイはマドラーのように世界をかき混ぜた。
三人はソファで体を寄せ合っている。
父親はぼそぼそと言った。
――私は、もう消えないと、お前たちに約束してやる自信がない。私はお前たちの母親を探しているんだ。
サアヤもアルマも劇中のマペットになって、口をパクパクさせている。
姉も、弟も、まだ父親のマペット。
言葉は全部、父さんの、言葉。することも全部、父さんの動き、だった。これまでは。
――いいよ。それで、いいよ。
サアヤは自分が人形でなくなるのを感じていた。
これからは、私もアルマも、父さんと平行に走る。そして、母さんを探せばいいから。
――うん。
と、アルマも頷いた、自分の力で。
サアヤとアルマの映画屋さん。明日は父さんがいるので、上映は未定。
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