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1.お金がない
サアヤとアルマの父親はよく消える。生活費は置いて消えるから二人は父親をそういうものだと理解した。エビフライは頭ごと食べるのが美味しいのに、お弁当には頭のないエビフライしかいない。そういうものだ。
――お家賃いただきに来ました。
管理人のアダムさんが部屋をノックした。跳ね返すように自分の胸を交互に叩いて三回。
どうしてそうするの? アルマは訊ねたことがある。アダムさんは長い眉毛を撫でて言った。
――なにかを叩くってことは叩かれるってこと、でもドアには腕がないからね。
それからというもの、アダムさんのノックを聴く度、アルマは踊りを踊るようになった。
地面を蹴る度に体を叩いて。姉のサアヤは首をかしげて元気な弟をみていた。かしげたままの首で、アダムさんの応対をする。
――家賃。ごめんなさい。今、父さんが。
玄関先でアダムさんは鼻から短いため息を吐いた。消えた父親まで、緩やかな思念が伸びかけてやめる。
――でもサアヤ、あの人はいつも……。
――そうなんだけど。いつも、家賃も置いてってくれる、けど。
踊るアルマが二人のやり取りを窺っている。アダムさんは目の奥にそれをみつけた。コツコツと胸を叩いて、アルマにウィンクをする。アルマは深々と頭を下げた。
――いいよ。訊かないでおく。暮らしてくお金はあるのかい?
まだ幼い二人の姉弟が、持たされたまとまったお金をどうしたか、アダムさんはそのお金の行方を夜に訊ねてみるつもりだった。行く果てはサーカスか遊園地か、それとも、町に新しくできたグラム売りのキャンディーショップ。ザラザラと、カラフルな甘い丸がバスタブを埋める幻が、アルマの湯気にみえた。
――ううん。
サアヤはこぼれた涙を玄関に落っことす。アルマは姉の背中に手を当てた。アダムさんは眉毛を撫でて、ニッコリと微笑んだ。
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