伝承

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 帰って来ない妻と子を心配した家族と村人が、山へ探しに来た。  そこには、切り倒された木の傍に転がる二人の(むくろ)と、辺り一面に飛び散った鮮血が落ち葉を赤く染めていた。  母親の首は胴から切り離されて転がっており、赤子だったと思われる者の首は、どれだけ探しても見つからなかった。  村人たちは供養の為、この場に地蔵を立てた。  しかし、まるで呪いのように地蔵の首が落ちて、いつしかその頭部は失われた。  月日が流れ、そんな悲劇が忘れ去られた頃、山へ入った者から奇怪な噂が流れ始めた。  その地蔵が見える位置にいると、首を落とされるというのだ。  ある時、一人の男が慌てた様子で(ふもと)の役場に駆け込んだ。  その男は、仲間と山菜取りに山へ入ったのだと言う。  地蔵の傍で山菜を採取していた時、突然森の中に斧で木を打ち付けるような音が響いたのだそうだ。  誰かが木を切り倒しているのかと、その時はあまり気にはしなかった。  だが次の瞬間、 「坊やの首を見なかった?」  そう女の声で問われた。  変なことを聞く女だなと思いながらも、「見ていない」と顔も上げずに仲間と一緒に答えたのだという。  すると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。 「首、そこにあるじゃない」  女がそう言うと、隣の仲間の首が無くなり、血の雨が降った。  男は逃げるように駆け出し、運が良いのか悪いのか、足を滑らせて山の斜面を転げ落ち、助かったというのだ。  役場の職員は、夢でも見たのだろうと山へ確かめに行った。  すると地蔵の傍には、首のない胴体が転がっている。首を探したが、山犬か何かが持って行ってしまったのか、どこにも見当たらず、発見されることはなかった。  それから度々、この山では首のない遺体が出るようになった。  決まって地蔵が見える範囲に、転がっているのが発見されるのだそう。  地元の人間は、その地蔵をこう呼ぶようになった。    ” 首切り地蔵 ” と。
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