伝承

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伝承

 昔々、まだ若い母親が、(たきぎ)を拾いに赤子を背負って山へと入った。  しかし、(ふもと)は拾い尽くしてしまい、なかなか見つからない。  あまり山奥へ入っては帰れなくなってしまうと、持っていた(おの)で適当な木を切り倒すことにした。  山の木は、山神様のモノだ。  木を切る時には塩や酒で場を清め、祝詞(のりと)を上げて切り倒す許可を(もら)わなくてはならない。  そうでなければ、神様の逆鱗(げきりん)に触れてしまうからだ。  しかしこの母親は若さゆえか、その話を信じていなかった。  だから場を清めることも祝詞(のりと)を上げて許しを得ることもせず、(おの)を振り上げた。  静寂な森の中に、(おの)を打ち付ける音が響く。  女手では、木を一本切り倒すのに時間がかかった。  力いっぱい(おの)を振っていたが、切り倒した時にはもう、辺りは夕闇に包まれ始めている。  母親は、()れて来た汗を手の(こう)で拭う。  するとそこに、血がついていた。  痛みはないから、自分は怪我などしていないハズだ。  ―― まさか、背負っている坊や……?  いつもなら、どこかで必ず泣き出す赤子は、今日は良く寝ているのか静かだった。  母親は(おの)を木に立て掛けると、おんぶ(ひも)を緩めて赤子を下ろす。  すると、赤子だったモノは血で真っ赤に染まり、首から上がなくなっていた。  母親は発狂した。  自分が斧を振り上げた時に、赤子の首を切り落としてしまったのだ。  彼女は悲しみのあまり自分の首に斧を当て、その場で果てた。
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