『救いようのない』男

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 それからおれはすぐに店に戻った。そりゃあ店主から大激怒をくらったね。ただ、他のやつらはむしろ、「なんで戻ってきた」って顔だった。  で、おれはクビだっていう店主に、もうそりゃあ頭を下げて、土下座して。雇い続けてくれって頼み込んだんだよ。  「仕事も覚えられない、挙句逃げ出す。お前のような救いようのない奴に、二度目はないと思え」  そう言って、店主はおれをまた雇ってくれた。  え? それでおれのなにかが変わったのかって。  流石にそう簡単じゃない。おれは相変わらずの鼻つまみものだ。相変わらずなにをやっても要領が悪い。指示は間違う、客から苦情を言われる。  それでもおれは頑張った。頑張って失敗しちまって、馬鹿にされても耐えて。  だっておれには目的ができたんだ。  旅籠屋のいいところは、接客した相手からたまに小遣いを貰えることだ。本来店の奉公人は番頭以外給料なんてでないから、みんなこいつを枕の中や畳の下なんかに隠すんだ。その貯めた金がなにに使われるかは、奉公人それぞれだな。将来のため、たまの贅沢のため。いろいろさ。  おれはあれから、藪入りの日になると、貯めた金を持って街道にでるようになった。  藪入りは知っているか? 小正月と盆の二回、ほとんどの商店は休みになる。大体はこの日に、奉公人は実家に帰ったりする。  もっともおれが街道に出るのは、実家に帰るためじゃない。  おれは、あえて街道からちょいと反れた道に入って、そこで彷徨う幽霊がいないか、探すようになったのさ。  いざ探してみるとこれが結構みつかるもんだ。山賊に襲われて殺された商人、途中で路銀が尽きていき倒れになった浪人、旅の同行者に捨て置かれた老人。    思うにな、世間には案外不幸な人間ってのが多いのかもしれねぇ。  ただ、みんな自分のことでいっぱいだから、他のことまで気にかけていられない。それで、不幸な幽霊も見落としてしまう。おれは意図して探したから、かなりの数を見つけることができた。  見つけて、そうして六文銭を渡して回ったんだ。中には錯乱して襲い掛かってくるようなやつもいたけどさ…それでも最後には銭を受け取って消えていった。  みんな、感謝してくれたよ…こんなおれに。「ありがとう」ってな。 店に戻れば、相変わらず馬鹿にされる日々だ。さっき話した丁稚仲間なんかは、あっという間に番頭になって、店のお嬢さんに婿入りして店を継いだ。  おれは後から来た奴からもいいように使われて、罵倒されながら使われる日々だ。  そんなおれにも救えるやつらがいた。
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