『救いようのない』男

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 うん、まあ。それがおれの人生。これだけの人生だ。いやしかし、こんなに自分のことを話せたのは生まれて初めてだ。  あれかね、死んで肉体を離れた魂ってのは、思ったこともぽんぽん口にでちまうのかね。  ああ、笑える話だ。『救いようのない』話だろう?  幽霊を探して人気のない道へ金持って入っていくんだから、そのうちおれが山賊に襲われるのも当然ってもんだ。  結果、殺されて、懐のもんも盗まれて、今度はおれが幽霊になっちまった。  木乃伊取りが木乃伊になるとはよく言ったものさ。  あっはっはっ  さんざん幽霊を救ってきたはずのおれが、いざ幽霊になると救われねえ。  なあ坊様。あんたは随分と立派な念珠を持っておれの前に現れなさったが。なあ、おれはどうなっちまうんだい?  そうかい。近くの宿場町から依頼を受けたのか。  道に幽霊が出るから、人が寄り着かなくなってすっかり閑古鳥、と。そりゃあ悪かったなぁ。  おれも成仏したくて、つい通り過ぎるやつをみかけるたびに、銭を恵んでくれと姿を見せたものだから、すっかり噂になっちまったんだな。  誰もおれを助けようとしなかったのかって。おれが声をかけた連中は、みんな逃げちまったよ。ま、しゃあねえさ。  で、坊様はおれを成仏させてくれんのか。そうか、違うのか。  渡し賃がないと、成仏じゃなくて調伏になっちまうんだな。一応、相談してはみるんだが。あんた、六文銭をもってたりは…。  そうだな、坊様だもんな。依頼の報酬は貰わない主義なのか。念仏唱える代わりに飯と宿だけ貰って旅を続けているのか。そりゃあ、凄いなぁ。  あ、は、は。  やれ、まいったね。  え? 世の中を恨むかって。まさか。そんなものは、馬鹿にされるだけだったころにとっくに済ましちまったよ。  むしろ、幽霊を救うなんて大それたことをおれはやってきたんだ。あの瞬間は、おれも救われた気分になった。  そうさ。おれは幽霊を救いながら、おれ自身も救われていたのさ。  自分より不幸な者に、自分の救いを求めるなんて最低な所業と詰るかい?  まあ、確かにそうなんだろうけどさ…それでも。  なあ、坊様。  このままおれを調伏するのなら、一つ願いを聞いちゃくれないか?  おれの人生は無駄なんかじゃなかった。おれは、馬鹿なんかじゃなかった。おれが、あいつらを救ったんだ、おれは、よくやったんだと。  なあ、どうか坊様。おれのことを、そう言っちゃあくれねえかい。  ―――よくやったのだと、俺の人生を褒めちゃあくれないかい?  いや、悪いことを言った。  それは坊様の仕事じゃないな。坊様だって困っちまう。見ず知らずの幽霊にこんなことを頼まれちゃあ。  いや、うん。  仕方がないんだ、仕方がないんだよ。  だっておれは、『救いようのない』やつなんだから。  ほんと、笑い話さ。――おれは本当に、おれの人生に『救い』が欲しかったんだよ。
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