『救いようのない』男

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 元吉と名乗った幽霊が消えて、坊主…珍念は息を吐いた。いつだって幽霊の調伏は緊張する。幽霊の大半はこの世に未練を残した者たちがなるもので、だからこそ生きている者を妬み、恨み、襲い掛かってくる者も多い、珍念が受ける依頼も大抵はそういったものだ。  今回もそんなところだろうと思ったのに。  「御仏よ、わたしにはあの憐れな『救われぬ』魂を救うことはできませぬ。  ですが、貴方様なれば」  彷徨う幽霊は、基本御仏の力を借りて調伏される。珍念には幽霊を成仏させるような力はなく、それは本来あの世の安らかな眠りを願う遺族などによって行われるものだ。だから珍念には、こんな方法しかなかった。    「御仏よ、私は私の世界の狭さを知りました」  まさか、たったの六文銭。それだけで彷徨う幽霊を成仏させられるなどとは。そんな人間が在ったなどとは。それにより、救われた魂はいかほどあったか。    「どうか御仏よ、あの誰にも看取られず死んだ、たった一人の慈悲ある男に…安らかな眠りをお届けください」  御仏の力を借りた調伏の力。ならば元吉に与えられた力にも、御仏の加護が宿っている。きっとかの者は御仏の力に導かれ、正しい道へと向かったのではないか。  閻魔様は、ただ厳しいだけのお人ではない。  きっと、先に彼が送ってやった死者たちが、彼のことを話してもくれているはずである。  だからどうか、かの者の魂に安らぎあれ。  「そして元吉よ、お前が欲しかった言葉は向こうで、お前が救った者たちから受け取るが、よい。出会ったばかりの者など頼るな。そんな言葉は、虚しく通り過ぎるだけだ。」  そうだ、心からの礼をもう一度聞けばいいのだ。  そうして、決して駄目なものなどでなかった彼の人生を、救われればいいのである。  「御仏よ、そちらに向かいました清らかなる魂に、慈悲を」  多くの魂を救った誰も知らぬ英雄が、この日に逝った。
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