ガラスのつばさ

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 冷えきった廊下を、俺はゆっくりと歩いた。  木が軋む音が、心臓の奥に突き刺さる。  一番奥の部屋にたどり着き、戸をするりと滑らせた。  上座に座っていた父が、一瞬俺を不機嫌そうに見上げ、視線で座るように促してくる。  俺は後ろ手で障子を閉めると、ひとつだけ空いていた座布団に腰を下ろした。  すぐに叔母が、浅い湯のみに茶を注いでくれる。  これまでにない数の親族がこの一室に会しているというのに、その場は静寂に覆われていた。  だが、涙を流している者は誰もいない。  俺は叔母に礼を言ってから、湯飲みに口をつけた。  それを追うように、父の濁った瞳が俺の手元を捉える。  そして、深いため息を吐いた。 「まさか、こんなことになるとはな……」 「よくもまあ、やっかいなことばかりを残して逝ってくれるものね」  父と母の言葉は、憎悪に満ちていた。  胃液が食道を焼きながら、じわりじわりとせり上がってくる。  それを抑えるように啜った茶は温く、吐き気がどんどん増してきた。 「どうせろくに躾けられていない子供たちなんだろう」  力任せに湯飲みを盆の上に戻すと、そこにいた全員の視線が俺に集まる。  俺は、父を真正面から見据えた。 「そんな風に言うのはやめてください」  声が震えた。 「あの子たちは、兄さんの子供です。その兄さんは、あなた方の息子だ」  父は、俺の言葉に小さく舌打ちした後、何度か首を横に振った。 「兄さんはもう死んだんです! 死んだ後くらい、認めてやってください!」  声を荒げ腰を上げた俺の肩を、気の弱そうな叔母がなだめるように叩いた。  俺がもう一度腰を下ろすのを見届け、父はさも嫌そうに言った。 「裏切り者にかけてやれる情けなど持ち合わせていない」 「わあぁぁ……ん!」  俺がギリっと奥歯を擦り合わせたのと同時に、廊下の奥から子供の泣き声が聞こえてきた。  母がやたら大きくため息を吐き、父は眉を吊り上げる。  遠慮がちに立ち上がろうとする叔母を制し、腰を上げた。 「俺が見てきます」 「情でも沸いたか? (れん)」  父の嘲笑を無視し、俺は部屋を出た。  情?  そんな安い感情では、あの子たちの失ったものは埋められない。  今はまだ理解していないのかもしれない。  だが、いつか必ずやってくる。  両親の死と、真正面から対峙しなければならない時が。
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