やじるし少女とヘンカン少年

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 それから八城さんは本当に毎日やってきた。教室ではなんだか賑やかなグループの中心にいて、存在を認識してからは彼女の明るい笑い声がやたらと耳に入ってくるようになった。見なくてもあの笑顔が浮かぶ。八城さんは僕との約束を守って教室内では一切話しかけてこなかった。  何度も話すようになって自分の身の上話を聞かせてくれた。母子家庭でバイトをいくつも掛け持ちしていること、母親が体の弱い人で今は入院していること。  昼休みに僕が裏庭へ行くと遅れてラップに包まれたおにぎりを食べながらやってくる。無邪気に笑いながら手を振る八城さんを拒絶する気にはなれなかった。雑草は抜いてすぐに僕が触らないとお金にならないので、隣に並んで僕側に毎回抜いた草は置いてもらった。 「美化委員でもないのにこんな草むしりしてるのってすっごいうけるんだけど。ここ綺麗になったらどうすんの」 「まだ何か月かはかかると思うけど……その時はまた別の昼休みを潰す方法を考えるよ」  八城さんは一瞬変な顔をした後、笑った。 「田川は徹底してんね。なんでそんなに他の子らとしゃべんないのか分かんないけど、なんか理由があるんでしょ」  一人一人の価値が分かるのが辛いからだ。今この時も僕にやわらかな笑顔を向けてくれている八城さんの頭の上には数字が並んでいる。誰からも好かれて外見も華やかで、僕なんかよりもよっぽど価値があるだろうに、その金額の低さに胸が苦しくなる。黙っているといいよ言わなくてと優しい声が返ってきた。 「あ、でも私は言っちゃおうかなー。私だけ田川のその雑草をお金にできる力知ってるのフェアじゃないもんね」  地面にはたくさんの十円玉が広がっている。生物の価値が見えるという話はしていない。傷つけてしまうことが見えているから今後とも話さないつもりだ。だって自分の値段なんて誰も知りたくないだろう。  私の話も黙っててほしいんだけどさ、と前置きをして八城さんは言った。 「私、矢印が見えるんだよね」 「え?」  矢印ってあの記号のことだろうか。意味が分からず、もしかしてからかわれたのかと思ったが、八城さんの目は真剣だった。 「何言ってんの、って感じだよね。田川と比べちゃったらしょぼいかもしんないんだけどさ、そのー自分が行きたいところとか何かしたいって思った時に矢印マークが出るんだ。自動案内のナビゲーションみたいに赤い矢印が行くべき道の先にしゅっとでるの。で、そのままその案内通りに進んだら道に迷わないし、失くし物もすぐ見つけられる」  RPGのゲームとかでクエストを進行するときに出る矢印のようなものだろうか。 「一番最初にここに来た日、私家にお弁当もお金も忘れちゃって困ってたんだ。それでせめてパン一個くらい買うお金落ちてないかなって考えてたら矢印が見えて。その通りに進んだらここに着いたってわけ」  反応に困っていると、八城さんは笑った。 「まあ、信じてもらえたことないからこんな軽々しく言えるんだけど」  その表情はとても悲しそうに見えて、胸の奥を針で刺されたように痛んだ。 「うまく想像できないけど。でもそれがほんとなら、小銭しか稼げない僕よりずっとべ、便利だなと思う」  ああ、なんで僕はこんなにうまく話せないんだろう。恥ずかしくてうつむくと肩に温かな感触が伝わってきた。 「ありがとう」  振り向いた頬にふわっとやわらかな香りがあたった。八城さんの肩が僕に寄りかかっていた。一瞬、呼吸が止まった。 「……田川はやさしいね」
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