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その日、家に帰ると女性用の黒いパンプスが玄関に置いてあった。
ぞっとして居間に駆け込むと、グレーのスーツを着た女と祖父が話していた。
「あら、幸多君おかえりなさい。学校はどう、友達はできたかしら」
「会いになんていきませんよ」
きっぱりいうと女は微笑んだ。
「そうよね、簡単に許せないわよね。それでは今日は帰ります。何かございましたらいつでも連絡くださいね」
女は松村ほたると印字された名刺を置いて帰った。それを祖父はいつものようにすぐに破り捨てる。
「幸多、腹減っただろう、いまから夕飯の支度するから、着替えておいで」
「うん」
松村ほたるは前の人の引継ぎで二年前から殺人罪で服役中の母の弁護士だ。ぱっと見、美人な印象だが短く切った黒髪に意思が強そうな目。なんでも飲み込んでしまう蛇の様な印象だった。父と喧嘩していた時の母にどこか雰囲気が似ていた。僕も祖父もこの人が嫌いだった。
土曜日、近所の小さな公園で草むしりをしていると後ろから声をかけられた。
「こんにちは、最初清掃員の人かと思っちゃった」
八城さんだった。Tシャツにショートパンツのラフな格好だった。初めて見る私服姿に顔が熱くなる。打ち明けてもらったあの日からなんだか僕は変だった。
「今日バイト休みだったから、田川どうしてんだろうと思って矢印追ってきちゃった」
てへっと笑う八城さんはとても可愛かった。土曜なのに親子連れもいなく公園には僕達だけだった。熱くなる頬をごまかすように草むしりを続けた。休みの日にまで僕のことを考えてくれていたということが嬉しかった。
「あ、あった!」
見ると八城さんの手には四葉のクローバーが握られていた。
「これ、田川にあげる」
「え、でもそれは八城さんがせっかく見つけたんだし」
「はい、友達のあかし」
ともだち。言葉が頭の中でぐるぐる回る。20の数字が消えた後、僕は素直に受け取った。
「あ、ありがとう」
八城さんはにっこり笑っていた。
「もしさ、なんでも願いが叶うとしたら田川はなんにする?」
「な、なんでも……?」
普通に生きられたらいいよ、というとなにそれと八城さんは笑ってくれた。
「八城さんは、お母さんが元気になりますように、とか?」
一瞬表情が強張った。
「そ、そうね」
そういった後、長いまつげをふせた。
「一緒に洋服選んだりとか買い物したいかな」
八城さんの住んでいるマンションは公園のすぐ近くにあった。八城さんは僕の方へ振り返りまた学校でねと小さく手を振った。家に入る前少し躊躇したように見えた。
その次の週、八城さんは学校に来なかった。
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