花羽

2/5
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「今日 おれは、全部じゃなくって」 「どうやって、あなたの 一部だけを忘れるというの?」 繊毛のうごめき。 「そうだね。だから、今日は帰るよ」 どうして と、唇が うごめく前に 部屋を出る。 階段を降りて、車のすくない通りを歩き ただ広い公園の前に 立ちすくんで ベンチを眺めた。 白いベンチ。ペンキの薄くなった。はがれかけた。 隅の 木の下にある、いつも日陰の ながい草もしげった、いたみかけのベンチの陰に おれのこころを分けて、置いてある。 あのベンチの陰に。 すこし眺めて、自分の部屋に戻ると 古い木のつくえの上に、びいどろの玉が ふたつあって、つくえに 透明の影を落としている。 どうして おれは、こうなのだろう? いつこのことに、気づいたのだろう? なま皮を剥かれたように ひりひりとする。 透明の影が たまらなくなって、また駆け出した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!