消えた三〇〇円

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消えた三〇〇円

「あれ? ない!」  僕は慌てて自分の部屋をくまなく探す。あらゆる隙間を探した。本の間やコードの下、本棚の下敷きになっていないかなど。しかし、どれだけ探そうとも昨日勉強机に置いたはずの三○○円が見当たらない。 「お母さん! 三○○円知らない? おやつ代の!」  僕が必死に尋ねるとお母さんは呆れた顔で僕に言い放った。 「あんたまた無くしたの? いつもじゃん! 前はプリントないない言って、風呂場に置いてあったり。自分で探しなさい! 無かったらおやつ代なんて無くていい! おやつ無しで遠足に行きなさい!」  鬼のようなお母さんは僕につばを吐きかけるように冷たくあしらった。  大変なことになった。僕はずっとやばいやばいと言いながら両手をほっぺに押さえつけて、必死に思い出そうとした。しかし、三○○円を机に置いてからの記憶がない。記憶喪失を疑うほどだった。  小学四年生一大イベントの遠足におやつが無いのはやばい! どれほどやばいって、言葉が見つからないくらいやばいことだ。座り込んで頭をフル回転させ、おやつがなかった時のことを考えていた。みんなが美味しそうにおやつを食べている間、僕は黙ってその光景を見ている。おやつ交換とかもしているのに、僕はその輪に入れない。それに気がついたみんなはこう言うのだ。 「おやつ持ってきてないの?」 「うん……」  みんなの顔が信じられないというように歪む。それで一人が言うのだ。 「こいつおかし持ってきてないんだって!」  それに続いてヤジを飛ばす。 「やーい。その辺の草でも食ってろ!」 「食ってろー」 「木の根っこに生えてるキノコでも食ってろー」 「食ってろー」 「花の蜜でも吸ってろー」 「吸ってろー」  僕はいたたまれなくなってその場から逃げ出すしかなくなるのだ。遠足に一人だけおやつがないとこうなってしまう。やばすぎる状況だ。  おやつがないなら、遠足に参加しない方がいい。でも、そんなこと言ったらお母さんに絶対に叱られるのは目に見えていた。なんとかしなければいけない。どうにかこの窮地を脱する方法を考えねばならない。お金が無ければおやつは買えない。絶対条件はこれだ。故に盗むとかは論外だ。
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