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或る資産家の最期
あなたは、これまでの生涯で稼いだお金の額を知っておりますかな?
……おや、考えたこともないと?
奇遇ですな、私にもまるで見当がつきませんわい。
合計八十八年、生きたことになる私ですが、その間に稼ぎ出した金額は正直なところ、よくわからんのですよ。
特別に私が金に無頓着だとか、ズボラだったとか、そういう訳ではないと思いますがね。
ただ、物事というのはある一定の限度を超えてしまうと――途端に把握するのがおっくうになったりするものです。そう思いませんか?
それでも、ざっくりと言ってしまえば、ある時期の私の総資産は小国の国家予算にも匹敵するほどであったと記憶しております。
……とても想像がつかない額だとおっしゃいますか?
無論、普通の人間には想像しようもない額です。
想像できない物は使いようもない。それほど多額の金が手元にあっても、普通はどうしたらいいかなどわからんでしょうな。
私は――こう言っては何ですが――お金を稼ぐという才能に恵まれていた方でしてね。
学生時代に仲間と起業したIT企業が大きく成長し、収益を投資に回し、買収を繰り返し……見る間に巨大複合企業になっていきました。
会社を立ち上げた仲間たちはほどほどのところで独立し、あるいは引退してしまったため、創業者の中で結果的に一番長く会社に残ったのは私でした。
私がその企業の椅子に座っている間――会社の業績は右肩上がりに上がるばかりで、何の心配も要りませんでしたな。
もちろん、私が全く失策をしなかったと、そういうわけではありませんがね。
失策で被った損益を補ってあまりある上策を打っただけのことですよ。
これは、私の持論なのですが――お金は『上手く使われたい』と願っているのですな。
よりよく、自分を活かしてくれる者の元に集まるわけですよ。
一時期、よく夢想したものです。
お金が私を生かし、私もお金を活かす……。『私たち』は完全に対等で――お互いになくてはならない存在なのだと。
……中々、想像しがたいでしょうな。あくまで、私の独特の考え方ですからな。
そしてある時、私はさらにもう一つの事実に気づいたのです。
私はお金を通して――資金を投資し、会社を切り盛りすることで、その先にある多くの命を生かしている。
お金を媒介にあらゆるものとつながっている。
そう気づくと、世界のすべてが――私の活かしたお金で回る世界が、ひどく愛おしく感じられるようになりました。
それからというもの、私は自由になる資金を世のために……この世界がより良い場所になるように使うことに専念しました。
すると、どうでしょう。さらに多くのお金が私の元に押し寄せてくる……私の手で活かしてほしいとばかりに。
それを繰り返し繰り返し続けていくうちに、私の総資産は天文学的な数字にまで達することになったのです。
たった百年足らずの人間の人生で、どうやってそれほどの大金が使い果たせるでしょうか? 到底無理な話です。
私のたった一つの願いは――私がお金を通して尽くした世界がどのようなものになっているのか? 見届けたいというものでした。
それが、私が今――。およそ五百年後ですか? この世界で目覚めた理由なのです。
最先端の医療技術を駆使してコールドスリープをする……。
五百年もの間、戦争や災害などが起きなかったのは幸いでした。
ここから見る限りでは街は栄え、人々の表情に安らぎがある……。
私の願い通り、より良い世界が実現していると思ってよいのでしょうな?
……何ですと? それでは……。私の資産は全て無くなったと……?
コールドスリープ装置の維持に安全管理……数百年の間に莫大な費用がかかったということですな。
なあに、心配せずとも私は落ち込んではいませんよ。
お金などまた稼げばいいことなのですから……。いくらか老いぼれたとはいえ、金稼ぎに年齢など問題にならないでしょう。
え、もう二度とお金を稼ぐことはできないと?
からかってもらっては困りますな! あなたのようなごく普通の方にそうまで言われる筋合いはありませんな。
私はあなたの何倍ものお金を稼いできて、その結果、こうして私が生きていた時代から見ればはるか未来に存在しているんですぞ!
……はあ、お金の心配は要らないとは……どういうことですかな。
私もあなたも生きていくのに無一文ではどうしようもならんでしょうが……。
無一文……。この世界の誰もが?
……あなたは正気なんでしょうな。
それでは……この世界にお金はもう存在しないと、あなたは言っているのですかな?
私が投資した企業が成長して――技術が飛躍的に進歩した結果……お金がなくとも暮らしていける社会が実現したと。
つまり、この世界にはもうお金はなく……お金という概念は存在しないのですな……。
※※※
――以上のインタビュー収録後、世界的なシサンカであったゲルト・フェアディーネン氏は急性の心臓発作で亡くなりました。
五百年のコールドスリープから目覚めた直後、八十八歳でした。
「……ねえ、お母さん、シサンカって何?」
「シサンカ? 聞いたことないわねえ……AIに聞いてみた?」
「聞いてみたけど、よくわからないんだよ。ずっと昔になくなった概念みたいで……」
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