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散髪と銭湯が必要な風貌の男の独白
日銭を稼ぎながら暮らしている。
朝から晩まで働き、その日食べるための対価をもらう。
道路工事、イベント会場設営、交通量調査、葬式のサクラ、エトセトラ。
どれもこれもが体を使い、毎日疲れ果てる。
働いて、飯食って、寝る、それ以外はできない。
この生活から抜け出すことも、抜け出そうとすることも、どれもできない。
20代で転職していたら、働きながら手に職をつけておけば、高校で大学受験していたら、中学でもっと勉強していたら…
あの時こうしていれば、もっと金が稼げたのに、その考えが酔った頭を何度も巡る。
後悔を肴に、掴めなかった見果てぬ夢を見る。何も得られなかったその手には、右手にチューハイ、左手に価値の無い勝ち馬投票券が握られている。
「今日は店じまいだ、会計いいか?」
タオルを頭に巻いた、時代錯誤な店のオヤジが、伝票片手に近寄ってきた。
プロスポーツのハイライトも終わり、明日の天気予報、明日は晴れらしい。
この後は、オヤジの好きなバラエティ番組が始まる。それを見るために追い出したいのだろう。
「外れた万馬券じゃ代金は払えねぇからな」
左手を差し出そうとしたら、先手を打たれた、手厳しい。
しかし、今日はこの紙と家賃を払ったおかげで、他の紙は持ち合わせていない。あるのは、くすんだ金色と赤銅色の硬貨だけだ。
「なんだ、今日も金をもってねぇのか」
鼻で笑いながら伝票を机の上に置くオヤジ。
まったく、いつも通り態度が悪い。
だが、ここで怒っては格好がつかない。ここは、あからさまな嫌味に対してクールに済ませようではないか。おもむろに懐に手を入れながら、主人にこう言い放つ。
「ゴールドで!」
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