少女、ヒーローに恋をする

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「今日という今日は、腹がはち切れるまで食ってやるぞぉーー!」  あらん限りの声でマチコが叫ぶ。すると、その衝撃で大気が激しく震えた。ビルの窓ガラスも大多数が割れてしまい、驚いた群衆が我先へと逃げ出した。しかしどれ程の悲鳴があがろうとも、マチコの耳にまでは届きはしない。 「そんじゃあ、最初はレアでいっちゃおうかなぁ」  上ずった声と共にビルの両端に手を添え、それを根元からへし折った。窓が割れているのは幸いだった。後は中に手を突っ込み、洗いざらいを掴んでは口に放り込んでいく。有機物や無機物の垣根無く、である。彼女の悪食ぶり、よく言えば食い道楽として有名で、我慢を重ねた分反動は凄まじいものとなった。 「よし、じゃあ次はウェルダンにしよっと」  大きな口によって深く吸われた息は、吐き出す時には灼熱の火炎となっていた。それが一帯のビル群を焼き、瞬く間に火の海が出来上がった。炉端焼きならぬ路地焼きは、彼女の好物のひとつである。 「さぁてと。そろそろ焼けたかな?」  燃え盛るビルに手を伸ばそうとした、その時だ。不意に鋭い声が、マチコの手を制するように投げつけられた。 「そこまでだ怪物、これ以上の暴挙は許さないぞ!」 「だ、誰?」 「地球を守る為にやってきた超人フェミナンド、ただいま参上!」  マチコは驚愕に眼を見開いた。地上の生物は軒並み小さく、対等と呼べる者は存在しなかったのだが、この男は違う。同格、いやそれ以上の体格を誇り、マチコの方が一回り小さいほどだった。  だがそれでも怯まない。せっかくの食事を邪魔された怒りを力に変え、勇ましく立ち向かっていく。 「何がフェミナンドよ、アンタなんかぶっ飛ばしてやるから!」  先手必勝。マチコは拳を握りしめ、辺りに地震を巻き起こしながら駆け始めた。しかしその時、己の体の異変に気付く。無謀なダイエットがたたり、力が思うように入らないのだ。 ——早いとこ終わらせないと、体力が保たない!  渾身の一撃を浴びせにかかる。だがそれは敢え無く空を切った。しかもただ避けられただけでなく、腹に膝蹴りを喰らい、続けて背中にハンマーパンチを叩き込まれてしまう。重たい攻撃を耐える事はできず、マチコはアスファルトに亀裂を刻みながら倒れ伏した。 ——いけない、早く立ち上がらなきゃ……。  意思に反して、腕が言う事を利かず、痙攣でも起こしたように震えてしまう。体を起こそうとしては倒れる事を繰り返すと、頭上から呆れたような声が降ってきた。 「もしかして、本調子じゃないのか?」 「だったら何だって言うのよ。情け容赦なんか、要らないんだからね」 「君が要らなくとも、私には要るんだ」  フェミナンドはそう言うと宙に浮かび上がり、背を向けた。あまりの無防備さにマチコは面食らうが、すぐに彼我の関係性を思い出す。 「待ちなさい。トドメを刺さないつもりなの!?」 「そうさ。私には傷ついた女性をいたぶる趣味は無いのでね」 「え……?」 「次は万全の状態で逢いたいものだ。よく食べ、そして眠りたまえ!」  その言葉を残してフェミナンドは去っていった。後ろ姿を見送ったマチコは、しばらく呆然自失となり、やがて地下へと潜っていった。せっかく焼いたビル群もそのままに。  負けた。完膚なきまでに負けた。なのに彼女の胸に宿る苦痛はさほど大きくない。むしろ温もりすら感じられ、その感覚に酷く困惑させられるのだ。住処の穴ぐらまで掘り進める間、自問自答を繰り返してみるも、答えよりも自宅に辿り着く方が早かった。 ——あれ、誰か来てる。  何者かの気配を察知し、付近に眼をこらしたところ、見えたのはショウジである。よりにもよって、このタイミングとは。何とも間の悪い話である。 「おいおい。君は本当にダメな女だな。あれだけ言われたのに暴食とか呆れて物も言えない……」 「うるっせぇ目の前チョロチョロすんじゃねえクソボケ野郎が!」 「ギャァーーー!」  哀れショウジ。不安定な心理のマチコによって焼却させられてしまった。塵となった身体は手厚く葬られたりはせず、散らばるがままとなった。それでもマチコは別段気にしたようでもなく、穴ぐらに戻るなり直ぐに身体を横たえた。  色々あって気疲れしている。こんな日は早々と寝るに限るが、寝付くには時間がかかった。胸を刻み付ける高鳴りが眠気を遠ざけるのだ。 「明日も会えるかな。地上で暴れれば……」  ふとマチコは口中の食べカスに気づき、奥歯でそれを噛み締めた。僅かに鉄の味が感じられる。口直しに水でも飲もうかと思ったが、結局横になったまま動かずに居た。  フェミナンドの言葉が脳裏に過る。言いつけられた通りに眠る事は出来そうにない。ではせめて食べようと心に決め、小さな笑みを浮かべながら寝返りを打った。
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