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 うちは夜になると、台所から甘い匂いが漂ってくる。  今日も漂う甘い匂いに誘われて台所に向かうと、案の定、オーブンの前でお菓子の焼き上がりを待つお姉ちゃんがいた。  鼻歌混じりにオーブンの中を覗く彼女の姿に、お菓子作りが余程好きなのだなと感心して、半ば冗談混じりに提案してみる。 「お姉ちゃん、そんなにお菓子作りが好きなら、将来、おやつ店さんを開きなよ。私、お姉ちゃんのお店に、リンゴのケーキを毎日食べに行くから」 「なあに、おやつ屋さんって。まゆみは面白いことを考えるのね」  無責任なことを言う私に、お姉ちゃんが朗らかに笑う。  それに釣られて私も笑いつつも、頭の片隅ではこう思っていた。  ――まあ、お店なんて開かなくても、お姉ちゃんのことだから、きっと、いつまでも私の為におやつを作ってくれるんだろうけど。  お姉ちゃんが私達きょうだいの分までおやつを用意してくれるのは、親に頼まれたからではない。  単純に、厚意からだと母から聞いていた。  おやつの日をいつまで続けるのかなんて、お姉ちゃんは言ったことはない。  それなのに、私はおやつの日が恒久的に続くものだと、今の今まで信じて疑わなかった。  ――長い間、お姉ちゃんはあんた達きょうだいを思って、おやつを作ってくれているんだからね。ちゃんと感謝なさいよ。  そうお母さんに言われたにも拘らず、口に出して感謝を伝えたことさえないように思う。  だって、私と弟にとって、お姉ちゃんが私達二人の為におやつを用意したり、よくしてくれるのは、姉として当たり前のことだと思っていたから。  そして、その高慢な思いは、私だけではなく、幼い頃からお姉ちゃんの厚意の恩恵を受けていた弟にも、強くあったようだ。  お姉ちゃんと笑いながら、おやつ屋さんの構想を語っている時、ふいに台所に現れた弟のアズサの発言で、彼の思い上がりに私は初めて気が付いた。
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