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「ゆづる姉ちゃんさ、オレの分のおやつ、作んないでよ。笑われるんだよね、友達に」  普段は足も踏み入れない台所に、ふらりと訪ねてきたアズサは、心底不愉快そうに眉を顰め、口を窄めて、おやつを辞退する。 「姉ちゃんのお菓子、地味なんだよ。いつも茶色いよなってからかわれんの、すげえ恥ずかしいんだけど」  アズサは今まで、お姉ちゃんの作るおやつに不満を漏らしたことはなかった。  それどころか、自分が気に入ったおやつがあれば、私やお姉ちゃんの分まで平らげていたし、自分からおやつのリクエストをしたことだって数えきれないほどある。  だというのに、友達に笑われるなんてしょうもない理由で拗ねて、今までおやつを用意してくれたお姉ちゃんに対して、八つ当たりのように文句をつけ、"おやつは作らないで"とは、あまりに身勝手で、図々しい。 「アズサ。お姉ちゃんは高校生になって忙しくなっても、私達におやつを作ってくれてるんだよ。それにケチつけるなんて、ワガママよ」 「なんだよ! まゆみ姉だって、新しくて珍しいお菓子とか、ケーキ屋のハデなケーキのが良いだろ? それに、ゆづる姉ちゃんのおやつがなきゃ、おやつ代貰えて、好きなもの食えるかもしれないじゃん!」 「アズサ、いい加減にしなさい!」 「いいわよ、それで」  私とアズサで言い合いになっていると、鶴の一声が上がった。  声の主は勿論、ゆづるお姉ちゃんだ。 「おやつの日がなくなれば、お菓子作りに使っていた時間を他のことに回せるから、私は構わないわよ。それに、二人共、そろそろお小遣いのやりくりを覚えた方がいいでしょうしね。私からお父さんとお母さんに掛け合ってみるわ」  お姉ちゃんの口から突如告げられた、おやつの日終了宣言。  即座に、そして拗れることなく話がまとまったことに、弟は一瞬呆けたものの、すぐに歓喜の声を上げて台所を出て行った。  きっと、親にお小遣いの打診をするのだろう。  一方、私は寝耳に水で、大いに焦っていた。 「お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのおやつの方が好――」  ――好きだから、おやつの日は続けて欲しい。  そう言おうとしたのに、言い終わる寸前で、オーブンが出来上がりのサインを鳴らす。 「まゆみ、オーブン皿が熱くて危ないから避難してね」  鍋つかみを手にはめた途端に慌ただしくなったお姉ちゃんに、私はそれ以上何を言うこともできず、台所から退室するほかない。  それから三十分後。お姉ちゃんは親と話を付けて、正式におやつの日は終わり、私達弟妹のおやつは各自お小遣いで工面することとなった。
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