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「どうしよう。もう、お金がない」  おやつの日がなくなってから三ヶ月。  私は月の終盤に、弟は月の半ばにも届かない内に、財布の中身を見てため息を吐くのが、毎月の定番となっていた。  金欠の原因は、お小遣い制が始まったばかりで、お金のやりくりに慣れていないのと、おやつ代が案外、馬鹿にならないからだ。  おやつの日があった頃は、お姉ちゃんの作るおやつとお菓子の買い置きで賄っていた。  だが、今は、買い置きのお菓子は弟がほぼ独占。私の取り分は少なくて、そうなると自腹でおやつを買わざるを得ない。  でも、好きなだけおやつを買うと、お小遣いがすぐに財布の底をつき、交友費や欲しい物に使えなくなってしまう。 (必要な物はお母さんが買ってくれるけど、必要かどうかの判定が厳しいんだよね。それに、文房具も可愛くないヤツだし、すぐに無くしちゃうと、なかなか買ってくれないんだよな)  自分が欲しくても、親が買ってくれないものは自分で買うしかない。  でも、そうなると、おやつに出せるお金は減る。 (うう、おやつを取るか、欲しいものを取るか、ジレンマだ。改めて、おやつの日の偉大さを知ったな。もう! アズサのせいでとんだ目に遭ってるよ)  事の発端となったバカ弟は、本当に考え無しで、買い置きのお菓子を独り占めしても満足できないらしい。  買い食いをしたり、新商品のお菓子が出たらすぐに買うものだから、お小遣いはすぐに尽きてしまう。  だから、月の半ばから、親や姉二人に泣きを入れてお小遣いをせびるようになった。  まあ、結局は無駄に終わるのだけれど。  親は相手にもしないし、私は自分のお小遣いを渡す気なんて毛頭ない。  お姉ちゃんなんて、アズサからお小遣いをせびられたら、にっこりと笑ってこう告げた。  ――アズサ。限られたお小遣いで好きなものを好きなだけ買うとどうなるか、これでわかったでしょう。    ひと月分のお小遣いの上手な使い方を考えながら、次のお小遣いの日まで我慢するのが、今の貴方には必要なことよ。  ――おやつをまた頂戴って?    困ったわね。お姉ちゃん、"お友達に笑われるからおやつは作らないで"って誰に言われたのか、うっかり忘れちゃった。    ねえ、アズサ、そんなこと言ったのは、誰だったかしら? もし知っていたら、その子に伝えて頂戴。一度、自分から決めたことをすぐに取り止めてしまったら、それこそ、恰好悪くてお友達に笑われるわよ、って。  笑顔も口調も穏やかで、私のように怒ったり、親のように呆れているようには見えない。  だけど、お姉ちゃんの諭し方には、相手が反論し難くなるような謎の威圧感と強い説得力があった。  このやりとりにより、アズサはお姉ちゃんに我儘は通らないか、逆に痛い目に遭うと学習したらしい。  以後、彼がお姉ちゃんに何かを強く要求することがなくなっただけでなく、彼が駄々を捏ねれば、『恰好悪いわよ』の一言で黙るようになった。  しかし、この一件で、お姉ちゃんはおやつの日を再開させる気がないとわかり、私はひどく落ち込んだ。  おやつの日がなくなったあの日。  お姉ちゃの手作りおやつが大好きだから、なくなるのは困る、と強く主張しておけばよかった。  後悔先に立たずって、こういうことを指すのだろう。
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