ジャスティテイカーの憂鬱

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 二時間が過ぎた。  すっかり冷めきった珈琲を一口啜る。口に広がるのと同じぐらい苦い光景が目の前では繰り広げられていた。  クレオライナが必死で呼びかけているにも拘らず、立ち止まってくれるものは殆どいなかった。  たまにいても、試食して首を傾げてそのまま何も買わずに去って行く。  それでもクレオライナはひたすら笑顔で呼びかけ続けていた。  あの試食品が余程不味いのか、あるいは人がこなさ過ぎて肉が鉄板の上に長居しすぎているのかもしれない。香りだけなら十分に旨そうだっただけに、不人気ぶりにはなかなか納得がいかなかった。  声を上げ続けている最中も、調理して、容器に小分けして、それぞれにつまようじまでセットして。それでも報われない姿は、見ているだけで痛々しい気持ちになる。  不意に喫茶店の中にあった時計がメロディを奏で始めた。  つられてそちらに目を向けると、丁度十二時になったところだった。  ぐう、と小さく腹が鳴る。だが、残金と消費税の事を考えると、この店で食べられるものは何もない。  いっそ、気付かぬふりをして試食を貰いに行こうか。  そう思った矢先だった。クレオライナが背後の肉屋に振り向き、何事か声をかけた。そして、割烹着を脱ぎ、三角巾を外すと、テーブルクロスのかかった台の下に手を突っ込み、小さなリュックを引っ張り出した。そして、改めて店に声をかけ、そのまま彼女は店を離れて歩き出した。 「どこへ行くんだ?」  呟いて、見送っている場合ではないと気付く。  慌てて伝票を引っ掴み、会計を済ませて店を飛び出した。
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