紅月 ①

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────────  くぅと間抜けな腹の音を、真夜中のズルワの森に小さく響かせながら、少女は歩く。サクサクと雪を小さな足で踏み、体をカタカタと震わせ、彼女はズルワの森を抜けようとしている。彼女は人間ではない。ピョコと頭から生えている黒い耳と、体に巻き付けている毛布からはみ出ている尻尾で分かる。    彼女の名前はエナ。ズルワを牛耳っていた集団から追放された人狼である。ぼさぼさの濡れ羽色の髪を肩まで垂らし、菫色の瞳を曇らせ、ボロボロの布を纏って呆然と歩いていた。人間にしても人狼にしてもかなり痩せていて、髪や尻尾には艶がない。耳と尻尾が無ければ16歳位の人間の乞食の少女に見えただろう。だが、エナはまだ産まれて7年しかたっていない。  普段なら大人が狩ってきた《ご飯》のおこぼれにあずかり、一人で爪を研いだりしている筈だった。だが残念なことにも彼女の爪と牙は周りの人狼に比べて小さく、「人間にも人狼にも成り切れない出来損ないだ。」と言われ、二度とズルワに入るなと追い出された。  じんろうのできそこない。エナはいらないこ。かりもできない、ズルワのはじ。おまえなんかきえてしまえ。  エナは出来損ないとして人狼としての教育を受けたことがないため、言葉の意味が分からない。それでも、皆の表情や声色、自分への対応で置かれた状況を察した。菫色の瞳からとめどなくこぼれ落ちていく涙を拭う気力すらもうエナには無かった。   「おなか…すいた…」  そうポツリと呟き、目の前に広がっている街を見おろしていた。もう、つかれた。そう思ったエナはズルズルとその場にへたり込み、ただただ自然に身を任せていた。  すると、どこからかエナにしか聞き取れないような小さな悲鳴と共に、《ご飯》の臭いがエナの鼻をくすぐった。
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