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ふんふんと鼻で《ご飯》の臭いを嗅いで回ってきたエナは、トテトテとズルワから街へ誰にも会わずに降りてきた。
エナが居る場所はアルバシア王国の中で一番狩猟が盛んな街、セヒュラである。こんな夜は静かだが、昼間は多くの露店が町のあちこちに出て賑わいを見せ、食料品から人狼の毛皮を使ったアクセサリまで幅広い商品が並ぶ。
エナは臭いが近づくにつれて、徐々に歩みを早めていった。血生臭い臭いによって口からは涎が垂れ、尻尾はわさわさと振り、瞳は爛々と輝いた。もう少しで《ご飯》にありつけると思うと、人狼とバレないようにする我慢が出来そうにもなかった。ついには小さな足で臭いの元へ走り出し、《ご飯》へ飛び付こうとした────が。
《ご飯》の前には人間がいた。
驚きのあまり急に立ち止まった為、エナは転けそうになったが何とか耐えて、近くの壁に隠れた。
「今宵も月が綺麗ですねぇ…」
エナの前には、うっとりとした顔をしながら路地裏でじっと月を見つめている中年の男が立っていた。エナに気付いていないのか、じっと佇んでいる。普通真夜中にいると思われる人間は酔っ払いか娼婦だが、そこにいる彼はどちらでもない。彼は眼鏡をかけ、軽く顎髭を蓄え、艶のある銀髪を風になびかせていた。この容姿は由緒ある貴族の紳士に殆どの人間が思えただろう。
だが、ツゥ…とナイフを鮮やかに染めている血を月光に透かし見ている姿を見てもそう思えただろうか。
殺人鬼。異常な心理的欲求のもと、平気で獣のように人間を殺すことのできる人間。
常人ならこの状況に震え上がって動けなくなるか、この場から逃げ出すだろう。
だが、幼く人狼のエナにとってはただの不思議な光景だった。エナたち人狼にとって人間はいわば野生動物であり、《ご飯》は死体である。
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