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彼はふと何を思ったか、コートを翻しながら振り返り、新鮮な《ご飯》を見始めた。
「ふむ…すべて持ち帰るのは難しいですねぇ…」
彼は眉間にしわを寄せながらよく通る低い声で呟いた。人狼のうなり声とはまた違う、声の低さにエナは何ともいえない心地よさを感じた。
──あの《ご飯》…どうするんだろ…
「……おやおや、見てしまいましたか。」
「──っ!」
じっと見ていたため、不意に顔を上げた彼とバッチリ目が合ってしまった。
──みつかっちゃた!!どうしようどうしよう…ころされちゃう!?
エナが壁の前でオロオロしているのを見たのか、ふふっと彼は微笑んで両手をエナの方に開いて見せた。
「安心なさい、殺しはしませんよ。…だから、出て来てくれますか?」
さっきよりも少し大きな声で彼の心地よい声に少しドキドキしつつ、エナはもじもじしながら俯いて《ご飯》の横に立った。ほんのりと熱くなった頬を夜風が撫でる。さっきは月光を背中にして見えなかった彼の琥珀色の瞳がエナをしげしげと眺めている。エナはどこか見覚えがある瞳に興味津々だった。
──このめめ、ズルワのみんなとにてる。
「…君は人狼ですよね?」
隠しきれていない耳と尻尾は事実なのでエナは素直に答えた。
「……うん」
彼は少し間を空けてまたエナに質問した。
「では、私が食べ物をあげる代わりに、内緒にしてくれますか?」
「…?」
──なんで《ご飯》をくれるの?ないしょ?
エナには少々理解し難い質問だった。うーっ…と困り顔をすると、彼はこう言った。
「私は人間を食べません。ここに転がっている物は全部残らず貴女にあげましょう。」
エナは彼が人間を食べないという驚きに、目をまるくした。
「あなたはじんろーじゃないのー?」
素っ頓狂な声で思わずエナは聞く。
「いいえ、人間です。」
「…???」
「…ここで話をするのは何ですから…僕の家で食べますか?暖かい寝床もありますし…身だしなみを綺麗にしてあげます。」
彼の話に始終首を傾げながら、エナは耳をピコピコ動かしていた。クスッと彼は笑い、ナイフを持っていない手でエナの頭を撫でた。パタパタと勝手に尻尾が動き、頬が更に熱を帯びる。
──なにか、ぽかぽかする。
エナが尻尾を振っている間に、彼は《ご飯》を大きな袋に入れて肩に担いだ。全部入りきらないのか、絞り口から手がポタポタと鮮血を落としてはみ出ている。
「──っぁ!?」
急にエナの右目は少しの痛みと共に紅くなった。
「おやおや、大丈夫ですか?」
ほぉと感心しながらじっと見ていたので、目の中に血が入ってしまったようだ。顔をしわくちゃにしながらぎゅーっと目を瞑り、痛みが収まるのを待つエナ。不意に目を開け、彼の背後の月に視線を向けると、真紅の月が街を照らしていた。
「……きれぃ。」
「……えぇ、綺麗ですね。」
じっと月を見上げる狼少女を見て、溜め息をつきながら彼は言った。
「ずっと紅ければ良いと思いませんか。」
エナは何も答えれなかった。
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