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枕元へまた、花が一輪、届けられる――
今日はクレマチスだ。
そして、いつもと同じに、ちいさな封筒が添えられている。
その美しい花になんの罪もないことは、リルにも十分に分かっていた。
けれど。
それを悦び、愛でる気には、まるでなれなかった。
最初に、花が届けられたのは、リルが寝込んだ翌日のことだった。
夕方よりもほんのすこし前といった頃。
名残の薔薇が一輪。薄い緑で縁取られたクリーム色の花びらを持つ、丸い大きな花が、ベッド脇の小さなテーブルの上に置かれていた。
その花が庭のどこに咲いているのか、もちろん、リルにはすぐに思い浮かべることができた。
テディ……かしら?
送り主は自分の夫であろうと、まずリルは、そう思いついた。
だが、花に添えられた封筒を見て、すぐに、それが誤りであったことに気づく。
書かれていた文字は、丁寧ではあったが、ひどく拙かったからだ。
薬を飲ませるために、リルの背を支えて起き上がらせながら、メイドがそっと囁いた。
「リリアン様のおかげんが悪いと聞いて、トビーが……ほら、庭師のところの上の息子ですわ。『どうしてもレディに、このお花を差し上げてくれ』と、そう頼み込まれてしまいまして」
庭師の……息子。
すぐさまリルの脳裡に、「あの場面」がありありと蘇った。
絡み合う、リルとテディを見つめる瞳……。
瞬時に、激しい羞恥が呼び覚まされて。
熱で弱り切ったリルの身体は、またふたたび、叩きのめされたのだった。
+++
「リルは、まだ、ロンドンには帰りたくないそうよ。やっぱり、ダチェットが落ち着くのかしらね? オーガスト」
同じテーブルで食事をするテディなど、まるで存在しないかのように、アンが、夫にこう語りかけた。
「ああ、そうか。ならば、ずっと居ればいい。なんといっても、あの街は、空気が悪すぎる」
ローストにナイフを入れる手を止め、オーガストは妻を見つめて応じる。
相変わらず、晩餐の席にリルは不在だった。
ベッドから起きられないほどに、まだ体調がすぐれないというわけでもあるまい――
第一、もしそうだったなら、まずオーガストが、これほどまでに落ち着いて夕食の席に座っているはずもないのだから。
やはり――
俺がいる所為で、リルは食事へ下りて来ないのだろう。
深々と溜息をつくと、テディは、ほとんど手を付けていないローストの皿を下げさせる。
今、リルはどうしているのだろう――
たったひとりで、部屋で食事をしているのだろうか?
オーガストやアンと共にいられるせっかくの機会を、俺が駄目にしているのだな。
ああ、もういっそ俺がダチェットにいなければ、そんな寂しい思いをさせることもないのだ――
そんな苦々しい思いだけがこみあげて仕方がなく、テディはそれを、ワインとともに飲み下した。
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