夏の午後

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2 雨粒が木々の葉にあたる音は、あっという間に大きさを増していく。 テディは上着を脱いで、リルを頭から包み込み、抱き上げた。 いくどか水たまりに足を踏み込みながら、小走りに、テディはリルの示す方へと向う。 やがて。 育ちすぎた灌木とリンゴの樹に埋もれるようにようにして佇む古い小屋が、テディの眼前に現われた。 飛び込むように、テディは中へと入る。 戸も窓もない雑な作り。 おそらく、刈り込んだ下生えや落ちた実を集めたり、道具を置いたりするような、雨よけ程度のものらしい。 暖でもとれないものかと、テディは視線をさまよわせるが、役に立ちそうな物は見当たらない。 テディは抱きかかえているリルを、そっと小さな卓の上に座らせた。 しっかりと、上着で包み込んでいたつもりだったが、リルはいくらかは雨に濡れてしまっていた。 湿ってカールが緩んだ金の髪が、白い頬とうなじに乱れかかり、薄手の夏のドレスがぴったりと身体にはりついて、膚を透けさせている。 シャツの袖やポケットチーフや、その他あらゆるもので、テディはリルの濡れた身体を拭い、擦り、暖める。 「わたしはだいじょうぶ、テディ。さむくないです」 リルはテディの手を押しとどめながら言う。 「テディが、たくさんぬれています」 テディの熊のような頬髭の上の雨粒を、リルのか細い指先がそっとぬぐい取った。 気がつくと、テディはリルの指を握りしめ、その華奢な身体に覆い被さるようにしてくちづけていた。 腕をリルの腰へと回しきつく引き寄せ、擦り合せるように、互いの身体を密着させる。 貪るようなくちづけに、リルが悲鳴にも似た呻き声を上げているにもかかわらず、テディはそれを止めようとはしなかった。 甘い蜜のようなリルの唾液を、ひたすらに味わい、やわらかなくちびるの感触を自らのくちびるで、舌で、歯で堪能し尽くす。 テディの濡れそぼったシャツを掴むリルの指先に、力がこもった。 甘やかな快楽とはほど遠い、嵐の中で揺さぶられるようなキスだった。 それは、今までテディから与えられた、どの口づけよりも激しいものに感じられた。 頭の中で、大きな鐘を鳴らされているようで。 テディの鼓動も、自分の鼓動も、ふたりの衣服が擦れ合う音も、雨音も……。 リルには、もうなにも聞こえなかった。 身体の奥から突き上げ、こみ上げてくる何かは、あまりに激烈で、リルは涙を止められない。 リルの頬を伝いこぼれる涙の粒が、すでにひどく濡れているテディのスラックスの上へとしたたり落ちる。 それは一体、どれほどの間、続いていたのか。 テディがやっとキスを止めた。 くちびるは解放されたものの、リルはすぐに声を出すことも出来なかった。 テディの燃えるように熱いくちびるが、リルの耳朶をくすぐり、首筋を上へ下へと撫で回す。 それは、リルのよく知る刺激だった。 寝台の中で、テディが与える愛撫。 そんな夫のくちびるの感触に、リルの身体は敏感に反応した。 身体は、ますます熱を帯び、知らず吐息が洩れる。 テディの指先は、濡れて膚にはりつくリルのドレスの襟元へと伸ばされた。 薄皮をむくようにして袖を降ろして、リルの震える肩を、そして胸元をあらわにする。 コルセットの中へと、テディの長い指先が滑り入った。 強引につかみ出されたリルの乳房が、テディの熱を帯びた掌と指で弄ばれる。 「だ……だめ、テディ」 やっとのことで声を上げ、リルが身じろぎをする。 「『だめ』じゃない、良いはずだ」 テディはリルの胸先の小さな尖りを指先で擦り上げ、うなじに舌を這わせた。 計算し尽くされた力加減で与えられる甘美な刺激に、リルの身体は、無条件に反応して痙攣する。 リルはきつくくちびるを噛み締めた。 だがとうとう、蜜をまとった喘ぎ声が洩れ出でる。 リルの胸元の、さらに奥深くへ指を侵入させようとしたテディは、コルセットにその先を阻まれた。 忌々しげに舌打ちをして、テディが吐き捨てる。 「ああ……なんて腹の立つ下着だろう。何度も言うようだけれどね、可愛いリル。君のか細い腰にはこんなもの(コルセット)なんて、まったく必要ないんだよ」 リルのスカートの裾が、テディの指で捲り上げられた。 膝が腿が、ひんやりとした空気にさらされ、リルは思わず、長い睫毛を震わせた。 そして、テディの指先がごく性急に、リルの膝の間へと割り入る。 「いや、いやぁ……テディ」 リルの悲鳴が、もはや泣き声に近いようなものへと転じた。 だがテディは、妻の懇願には、まるで関心を払わない。 乳房への愛撫も、リルのスカートの奥への愛撫も、激しさを増すばかりだった。 雨が降りしきる薄曇りの午後とはいえ、まだ晩夏というには早すぎる八月の陽差しは明るい。
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