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夏の午後
1
広大な領地と、英国有数の歴史を誇る館「アンテソープ」を有するダチェット伯爵。
その伯爵から、セオドア・ウィリアム・バートラムへと電話が入った。
「いいか、テディ。この八月は、絶対にリルを連れてダチェットへ来い」
無論テディも、愛しい妻リリアンが、内心では実家の夏の庭を恋しがっていることは分かっていた。
だから、旧友ダチェット伯オーガスト・スタンレー卿から言われなくとも、そもそも、この夏はダチェットに行く予定だったのだ。
アンテソープの車寄せに、今、馬車が滑り入る。
キャリッジの扉へと、フットマンの手が伸ばされた。
馬車の中で、窮屈に身体を折り曲げていた熊髭の大男が、腕に白く小さな妖精を抱いて、玄関扉の前へと降り立つ。
「……リル!」
ホールから駆け寄ってくるのはスラリと背の高い赤毛の女性。
ダチェット伯爵夫人アン・マリア。
蝶が羽ばたくように、テディの腕の中からリルが滑り降りる。
金の巻毛がひとつ弾み、その身体が伯爵夫人の腕へと飛び込んだ。
「アンねえさま……! おあいしたかったです」
「まあ、私もよ。リル、元気そうでよかった」
義姉と義妹はひしと抱き合い、頬をすりよせる。
そんなふたりを、少し離れて眺めやるように、玄関ホールの階段脇に佇むのは、この広大なる館の主、ダチェット伯爵オーガスト・スタンレーだ。
テディがボーラーの鍔に指を当て、オーガストに挨拶をする。
「気難し屋」と名高いオーガストの、彫刻めいた美しさにもかかわらず、いつも不機嫌に引き結ばれているくちびるが、ふと緩んだ。
アンが義妹を、夫オーガストへと手渡す。
テディ・バートラムは、恭しく伯爵夫人アンの前で膝を折った。
テディとリルの結婚式以来、この四人がダチェットに揃ったのは、数ヶ月ぶりのことだった。
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アンとリルがこんなに「仲良しさん」な理由は、シリーズ作品「星咲きぬ空遠く」(オーガストとアンのラブストーリー)をお読みいただけると分かりやすいかと!
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