刻まれたもの

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日本の代表的なヒートアイランド、その都市の中心は夕方の早いうちからラッシュアワーが始まる。 平日の午後4時過ぎ。 俺だけが地下へ吸い込まれる人々の流れに逆らい、メトロから街へ出る。 目的は街のメイン通りから脇に入ったビジネス街にあるカフェ、『ダイナー』。 ニューヨークスタイルのファストフードとコーヒーをメインに提供する洒落た(・・・)店だ。 ここに置かせてもらってから かれこれもう2年になる。 もう(・・)というのは、オメガの俺を雇い続けてくれた店のボスのおかげで、それまでの定職期間最高を更新し続けているから。 早朝から昼にかけてビジネスマンを相手にほぼテイクアウトの飲み物と軽食を販売し、昼すぎから夜までは行き交う人々の休憩や待ち合わせ場所としての空間を保つ。 そして深夜から明け方にかけては、海外の市場を相手に働いてるホワイトカラー連中がタクシーを待つ間の暇潰し的な場所になっていた。 カウンターに並ぶのは、背もたれの無いスツール6席。 それ以外はバーテーブルがフロアにいくつかあるだけで、ビジネス街という場所柄、家族連れやカップルなどは まず来ない。 店内に流れるオールディズやジャズなんか誰も聞いてないし、凝りに凝ったオーナー(こだわ)りのオールドアメリカンを模した内装にも誰一人興味を示さないけど、そういう雰囲気を装う(・・・・・・)ことが彼らにとっては心地いいんだろう。 朝から日中のランチタイムまでは、外国語と意味不明なビジネス用語が飛び交う中で 目まぐるしく入れ替わるアンツ(客たち)(さば)き、 夕方から真夜中までは掃除やマシンのメンテナンスをしながら静かなフロアでのんびり店番、 深夜1時からはブレックファーストに備え、納品を受けて陳列、器具に商品、備品を満たして朝の混雑を乗り切る準備を完璧にしておく。 人間関係に深入りしたくない俺には、少人数で働く環境や、余計な会話を必要としないこの店の業務形態が有りがたかった。
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