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「……ねえ、さっきなんて言おうとしたの?」
夕日でオレンジ色に染まる音楽室で、トランペットを手に持った彼女が言った。
彼女は、もう高校生なのに少し舌足らずな喋り方をする。
ついさっき僕が言いかけたことが知りたいらしく、目を輝かせてこっちを見てくる。
「……秘密」
ちょっと考えてから僕はそう言った。
「いや、なんか言いかけてやっぱやめた、は1番気になるやつだよー!」
彼女はムッとした様子で言った。
彼女は、僕から答えを聞くまで吹かないつもりなのか、トランペットを机に置き、その隣の机に腰掛けた。
「……部活中じゃん。集中しろよ」
僕は若干ふざけて言ってみた。
少し開いた窓からは、秋の風とともに運動部の声や他のパートが練習する音が聞こえてくる。
彼女は、僕の言葉が聞こえないふりをして窓の外を見ていた。
「教えてくれるまで、練習しないから」
外を向いたまま彼女は言った。
「……もう忘れたんだって」
僕はちょっぴり嘘の申告をした。
「えぇ!まじかぁ……じゃあ思い出したら教えてよね」
残念そうに言うと、彼女はベルを外に向けて、トランペットを吹きはじめた。
以外にあっさり諦めたことに驚きつつ、僕はトランペットを手入れするふりをして彼女が吹くところを見る。
風に吹かれて踊る髪が、夕日に照らされて淡く光っていた。
斜め後ろからでも、長いまつ毛の影が見える。
夕日を反射してオレンジ色に光るトランペットは、彼女自身のようにまっすぐな音色をグラウンドへ届けている。
「……すきだなぁ」
彼女の明るい音がかき消してくれると信じて、僕は小さく本音を吐き出した。
彼女は吹くのをやめてこちらを振り返った。
「え、何?なんて言ったの?」
少し焦ったが、彼女のきょとんとした顔から内容までは聞こえていなかったことを知り安堵する。
「思い出したの?教えてよ〜」
彼女はまた、僕の向かい側の机に座った。
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