玉砕覚悟のアイラブユー

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 ゆっくり扉を開けると、あの日のように背中を向けていた先輩が振り向いて軽く片手を挙げた。 「おはよう。もしかして昨日、お世話してくれてた?」 「おはようございます。はい、ちょっとしかできなかったですけど」  笑いながらお礼を告げた先輩は、視線を植木鉢に戻して手入れを再開した。  いろんなサークルや部活があるこの大学内で、部員が部長含めたった二人だけというのも珍しいだろう。確かに、この「花愛好会」はなかなかにコアだと思う。  かくいう自分も、花に興味があって入部したわけではない。  荷物と共に白い紙袋を机の上に置いて中身を取り出す。夢よりもちょっぴり豪華な、自分用としてもぎりぎり通用しそうな小さめの花束だ。  不思議と、夢の内容を細部まで覚えていた。花の名前も、先輩が登場したことも、最後の問いかけも、何もかも。  赤いガーベラがやはり一番目を惹く。かといってチューリップたちが圧されているわけではない。華美一辺倒なところに可愛さや爽やかさがプラスされている。  綺麗だし、癒やされる。それ以上の感想はない。特別な意味が込められているようにも見えない。  どうして夢の中で拾ったのがこの花たちだったの。  どうして、先輩はあんな態度だったの。  どうして……あんな夢を、見たの。  鞄からスマホを取り出して、ガーベラで検索してみる。目についたタイトルをタップして、文字の羅列を流し読みする。  開花の時期、主な品種、名前、育て方……大体よくある内容が並んでいる。真新しい情報はないように見えた。  スクロールが終わりかけたところで、ある見出しに親指が止まる。 (……花言葉、か)  同じガーベラでも、色で意味が異なるらしい。花言葉の存在自体は先輩から聞いて知ってはいたものの、ここまで細かいとは思わなかった。  すべてに共通しているのは「希望」「常に前進」。下に色別の言葉が紹介されていて、赤は「神秘」らしい。 (へえ、西洋版なんてのがあるんだ。わりと違うのかな?)  赤は「情熱」「愛情」「ロマンス」。だいぶ雰囲気が変わった。どことなくロマンチックで、プロポーズの時なんかに似合いそうだ。  ……ふいに、夢の中の先輩を思い出す。  好きなはずの花を差し出されて、なぜか戸惑っていた先輩。 「あ、それ花束だったんだ。誰かにあげるの?」  とても聞き覚えのある質問をされて、一瞬混乱する。 「ち、違いますよ。自分用です。珍しいですよね」  ぎこちない言い方になってしまった。早く落ち着きを取り戻さないと、さすがの先輩でも怪しまれてしまう。 「いや、そんなことはないさ。むしろ部長として嬉しいよ」  どんな花か気になるのか、明らかに目を輝かせながら花束を観察し始めた。確認するように呟かれる名前はさすが、一つも間違いがない。 「これ、君が全部選んだの?」 「は、い。綺麗だなって、何となく目について」 「それでこの花たちを選ぶなんてすごい偶然だなー。あのね、全部愛に関する花言葉が込められてるんだよ」  心臓が一際、強く高鳴った。 「花言葉、ですか」 「そうそう。前にちょっと教えたことがあっただろ? 例えばこのガーベラは赤だと『神秘』とか。でも、この組み合わせだと西洋版の『愛情』の方がふさわしいかな」  自然と、視線が机上に落ちていく。  まさか、花束で先輩への想いが露わになってしまうなんて。 「チューリップは紫色だから、『不滅の愛』だね」  やめて。心の奥を暴かないで。 「コチョウランは『あなたを愛します』」  箱にしまって、鍵をかけて、押し込めておくつもりでいたのに。 「ベゴニアは……多分、これかも。『片想い』『愛の告白』」  先輩の心は、今この瞬間も自分と同じ方向に向いてはいない。  入部してからずっと、部長とたったひとりの部員の関係のまま。 「もしプレゼント用なら、好きな人に告白するのにぴったりだね」  現実をいくら突きつけられたところでもう、と諦観の域に入っていたはずが、全然割り切れていなかった。 「……すごく、勉強になりました」  もうすぐ、先輩は大学を卒業する。  そうしたらきっと、かろうじて保てていたつながりもそのうち消える。愛好会の連絡用にと交換したIDだけではお守りにもならない。 「っえ、せん、ぱい?」  急に、頭上からぬくもりが降ってきた。  見上げた先で、主である先輩の気遣うような視線とぶつかる。 「い、いきなりごめん! 君が泣きそうな顔になってたから、つい」  慣れていないのが丸わかりなぎこちない動きでも、あっという間に痛みが引いていく。こんなことをしてもらったのは初めてでどう反応すればいいのかわからない。とりあえずお礼は言わないと。 「すみません、ありがとうございます。もう、大丈夫です」 「そ、そうか。お役に立てたなら、よかった」  いくら鈍い先輩でも、こんな態度を取ってしまえば気づくだろう。 「……あの、さ。この花束、本当は自分用じゃ……」  もう、降参するしかない。 「そ、そっか。いや、君にこんなに好きな人がいたなんてびっくりした。きっと素敵な人なんだろうね」 「……そう、ですね。とても、素敵です」  花を見る目がいつでも、嫉妬してしまうくらいきらきらしていて優しくて。全く興味がなかった自分も、ある程度なら名前がわかるようになったり偶然花を見つけると目を留めるようになるくらい、いろんな情報を教えてくれた。  特別格好いいわけでもない。目立つわけでもない。  ただ、一緒にいて気張らずにいられる、あたたかくてほっとするひと。  今は鈍感な部分に胸を抉られて、苦しい。 「その、不安なのはわかるよ。でも絶対喜んでくれる。君の気持ちは絶対伝わるよ。……いや、根拠もないのに無責任か。難しいな」  喜んでほしい相手に応援されてしまった。ありがとうございます、じゃあ頑張ってきますと嘘をついて立ち去れるような気力はもう、ない。  ――ならばいっそ、夢に倣って先輩にプレゼントしてしまおうか。  あんな夢を見た理由が、なんとなくわかってしまった。  秘めておくぐらいなら最後に想いを伝えて、きれいさっぱり終わらせなさいというお告げだったのかもしれない。  傷つきたくない気持ちもあるけれど、しまい込んだまま下手に拗らせるより、思い出として昇華する方が確かにましだ。 「……先輩。少しだけ、私の話、聞いてくれますか」  膝の上にあった手のひらを固く握りしめる。なけなしの勇気をかき集めて、声を絞り出す。 「さっき言ってた、花を選んだ理由ですけど……嘘、つきました。本当は、昨日見た夢に出てきたんです」 「これ、全部? 覚えてたってこと?」 「びっくりですよね。だから、同じ花を買ってみたんです」  大げさに吐息して、大げさに酸素を補給する。喉はみっともなく震えていたし、心臓も仕事をしすぎて若干苦しい。 「さっき、先輩に花言葉を教えてもらってた時……ほんと、夢って怖いって思ってました。全部、ばれちゃうんですもん」  無理やり出した笑い声は、見事に掠れていた。 「……告白は、しないつもりだったんです。その人はもうすぐ大学卒業しちゃうし、望みも全然なくて」 「そうとは限らないだろ? あくまで想像じゃないか」  心の中でいろんな感情が暴れ回って、どういう表情を作ればいいのかわからない。 「やっぱり、諦めない方がいいですか」 「僕なら告白しに行く。往生際が悪いかもだけど、まずは友達から、なんて展開もあるかもしれないし」  ――その展開は、私と先輩の間でも成立しますか。望んだら、受け入れてくれますか。  わずかに見えた光に、必死に縋ろうとしている自分がいた。全く、諦観していたなんて嘘つきにもほどがある。  そもそも恋を捨てられなかった時点で、本音は決まっていたようなものだ。 「ありがとうございます。じゃあ……頑張ってみます」  花束をそっと掴み、立ち上がった。  もう、引き返せない。あの一本道を歩いていたように、ひたすら先を目指すしかない。 「あ、荷物忘れてるよ!」  的外れな言葉を扉で遮る。たまたま通りがかった学生の訝しげな目線を背中に感じながら、一度深呼吸をした。  泣くのだけは絶対にしない。先輩に余計な心労はかけたくない。  扉を開けて、安堵したように笑った先輩の前に、まっすぐ花束を差し出す。 「ずっと、好きでした」  呆気にとられてから徐々に驚きが浸透していくさまが、やけにスローモーションに見える。 「……本当、に? 僕宛て、なの?」  夢の中と同じ台詞。でも、反応は全然違う。あの時のような拒否の色は見えない。  頷くと、視線を逸らした先輩は口元を引き結んだまま動かなくなった。ものすごく考えてくれているのが嬉しくて、ますます光に縋ってしまう。 「もしいやじゃなければ、友達からはじめてもいいですか?」  分かれ道も回り道さえもなかった未来を、ほんの少しでも変えられるだろうか?
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